口まで水が
井上君とポケット小僧は、まっくらな、井戸の底のような、コンクリートの地下室に、水につかって立っていました。上の穴からは、どうどうと、たきのように、水がながれつづけています。それがせまい地下室にたまって、もう腹のへんまで、つかっているのです。水はグングンましています。もう胸のへんまできました。井上君は胸のへんですが、からだの小さいポケット小僧は、首まで水につかっているのです。ふたりは、さっきぬいだ上着とズボンを小さくたたんで、頭の上にのせて、あごから、細引きでしばりました。懐中電燈も、いつでもとりだせるように、細引きのあいだにさしこみました。
少年探偵団員は、日ごろから、長い細引きを、腰にまきつけて、用意しています。なにか冒険をやるときには、きっと細引きがいりようだからです。服を頭の上にくくりつけたのは、その細引きでした。
「井上さん、もうぼくは立っていられないよ」
ポケット小僧が、かなしそうな声を出しました。
「ああ、きみは、背がひくいからね。水はどこまできた?」
くらやみの中で井上君がたずねます。
「あごまできたよ。もうじき、口までくるよ。そうすると、ものも言えないし、いきもできなくなるよ」
「じゃあ、およぐんだよ。ぼくのからだにつかまってれば、らくだからね。さあ」
そういって、井上君は両手をさし出しました。ポケット小僧は、手さぐりで、それにつかまり、足をはなして、水にうきながら、井上君のからだに、だきつきました。
「うん、そうしてればいい。らくに浮いてるんだよ。いつまでおよいでいなければならないか、わからないのだからね。ぼくも、いまに、およぐよ」
そのうちに、水は井上君の首まで、のぼってきました。
「たすけにきてくれるだろうか」
ポケット小僧が、こころぼそい声でいいました。
「きっとくるよ。こういうときには、あくまで、がんばるんだ。そうすれば、きっと運がひらけてくるよ」
井上君は、けなげに、こたえました。
「あっ、いけない。水が口まできた。もう、ものが言えない。ぼくもおよぐよ。からだをくっつけて、浮いていようね」
井上君も、からだを浮かせました。さむいという気候ではありませんが、やっぱり水の中はつめたいのです。いつまで、このつめたさを、がまんできるのでしょうか。