一人二役
中村警部にばけた怪人は、応接室にはいると、いちどは、いすにこしかけましたが、あんないした書生が「ちょっと、お待ちください」といって、出ていってしまうと、なにを思ったのか、すっと立ちあがって、ろうかへ出ていきました。
そして、うすぐらいろうかのすみに、身をかくすと、ポケットから、ぐにゃぐにゃしたビニールの仮面をとりだして、あたまから、すっぽりとかぶりました。れいの人形仮面です。
それから、せびろの上着をぬぐと、くるっと、うらがえしにして、また、それを着ました。うらも、おもてと同じように、できている、変装用の上着なのです。しかも、そのうらがわは、赤のひといろ、まるで道化師のようなまっかな上着でした。
そこへ、ろうかのむこうから、この家の主人の野村さんが、和服すがたでゆったりと、歩いてきました。みち子ちゃんが、とりもどせたので、すっかり安心しているのです。
それをみると、人形怪人は、ろうかのすみから野村さんの前に、ぬーっと、まっかなすがたを、あらわしました。
「あっ、きみはだれだっ」
野村さんが、びっくりして、どなりつけました。
「世間では、おれのことを人形怪人といっている。いうまでもなく、くれないの宝冠を、もらいにきたのだ」
たしかに人形の顔をもった怪物です。野村さんは、そいつが、はやくも、この家にあらわれた、すばやさに、おどろいてしまいました。
「中村さん、くせものです。はやくきてください」
すぐよこの応接室にいるはずの中村警部に、大声で、よびかけました。
ところが、その中村警部が、じつは、にせもので、仮面をかぶって、ここへあらわれているのですから、いくらよんでも、くるはずはありません。
怪人と野村さんとは、ろうかのまんなかで、むかいあって、つったっていました。
じりっ、じりっと、怪人が、こちらへ近づいてきます。それにつれて、野村さんは、だんだん、あとずさりをしていくのです。
ふたりの間に、応接室のドアがあります。やがて、怪人はそのドアのまえに、たどりつきました。
さっと、身をひるがえして、ドアを開き、応接室の中へ、とびこんでいきました。
「やっこさん、警部さんがいるとも知らず、応接室へはいっていったぞ。いまに、ひどいめにあうだろう」
野村さんは、そう思って、しばらく、耳をすまして、待っていましたが、なにごともおこりません。応接室の中は、しーんと、しずまりかえっています。
野村さんは、ふしぎに思って、おずおずとドアに近づき、そっと、ドアを開いてみました。
すると、正面のいすに、中村警部らしい、せびろの人が、こしかけているのが見えました。ほかには、だれもいません。
「中村さんですか、わたし野村です」
と、まず、あいさつをしておいて、
「いま、ここへ、あいつが、とびこんできたはずですが……」
「あいつとは、だれですか」
「人形の顔をもって、まっかな服をきたやつです。くれないの宝冠を、もらいにきたといいました」
「人形怪人ですか」
「そうです。じぶんで、そう名のりました」
「おかしいですね。ここへはだれも、はいってきませんでしたよ」
にせの中村警部は、なにくわぬ顔で、答えました。
そのときです。とつぜん、へやのどこかから、きみのわるい笑い声がひびいてきました。
「うふふふ……、おれはここにいるよ。魔法をつかっているから、きみたちの目には、見えないのだ。くれないの宝冠は、きっと、ちょうだいするからね」
天井から、聞こえてくるようでもあります。ゆか下からひびいてくるようでもあります。とんと、方角がわかりませんが、へやの中にはちがいないのです。しかし、怪人のすがたは、どこにも見えません。
「その宝冠というのは、どこにおいてあるのですか」
にせの中村警部が、たずねました。
「わたしの書斎の金庫の中です」
「そこへ行ってみましょう。あいつは魔法つかいみたいなやつですから、金庫なんか、わけなくあけるでしょう。ひょっとしたら、もうぬすまれているかもしれませんよ」
中村警部のことばに、野村さんは青くなってしまいました。すぐ警部をあんないして書斎へ行ってみました。