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影男-最底层的人(3)
日期:2022-02-13 23:47  点击:304

 おれだってさめてるときもある。だが、つらくって、苦しくって、さめたままじゃいられねえんだ。だから、肺病やみのおふくろの着物という着物を、みんな質屋へたたきこんで飲むんだ。十二の娘の、かわいいかわいい娘の、花の売り上げをちょろまかして飲むんだ。おっかあも娘も食うものがねえ。飢え死にしそうなんだ」
 泥酔のぼろ男は、そこで一段声をはりあげて叫びだした。
「そこいらのみんな、聞いてくれ。人外というものを知っているか。ここにいるおれがその人外だ。人間の形をして人間でない化けもののことだ。肺病やみのおっかあが飢え死にしそうになっている。十二の花売り娘がひもじがって、ぶっ倒れている。そのかわりに、おれがこうして、酒を飲んでるんだ。ちくしょうッ、人外だッ。人外っていうなあ、おれのこった!」
 男はからになった焼酎(しょうちゅう)のコップを卓上にたたきつけ、たたきつけて、こなごなに割ってしまった。そして、その鋭いガラスのかけらの上を、握りこぶしで「こんちくしょう、こんちくしょう」となぐりつづけた。無数のガラスの破片が手の甲に刺さって、針ネズミのようになり、タラタラと血が流れた。
 突然、なんともいえぬ不思議な音が起こった。けだものの遠ぼえのようでもあった。生まれたばかりの赤んぼうの泣き声のようでもあった。酒場の客たちの顔が、みんなこちらを見つめていた。カウンターの老主人も、よごれたエプロンのボーイたちも、みんなこちらを見つめていた。
 もと陸軍大尉のぼろ男が、ポトポト血のたれるガラスのかけらのハリネズミのような手で、顔をおさえて、ワーワーと子どものように泣いていたのだ。身もだえをして、はだしの足をバタバタやって、だだっ子のように泣きわめいていたのだ。


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