「小林昌二というのです。九州の出身ですが、両親とも死んでしまって、東京にはひとりの身寄りもない独身の青年です。浅草の向こうの山谷の旭屋という簡易旅館に、仲間といっしょに泊まっているのだといっていました」
「もうひとりの白いほうの青年も艶歌師ですか」
「いいえ、ふたりはお互いにまったく知らないのです。あの青年は、銀座に出ているサンドイッチマンです。張り子の顔をかぶって、プラカードを持って歩いているのを、あたしの友だちが喫茶店に誘いこんで話をつけたのです。これも即座に承知しました。井上というのです。名のほうはちょっと忘れました。身の上も詳しいことは知りません。でも、それは本人にきけばわかることですわ」
「あなたすみにおけませんわね。あんな魅力のある青年をふたりも手に入れるなんて。いつも、ああいうのを物色して歩いていらっしゃるのでしょう」
Eの咲子は、こんな際にも余裕しゃくしゃくたるものであった。団長も二宮夫人も、ますますおどろきを深くした。あのかわいらしい琴平咲子に、今夜は何かの精がのりうつっているのではないかと疑われるほどであった。そういえば、咲子の声の調子も、いつもとは違っているように感じられた。
「あなた琴平咲子さんですわね」
団長が不安らしく尋ねてみた。
「身代わりですの」
「エッ、身代わりって?」
団長と二宮夫人とは、ギョッとして、思わずEのそばから身をよけるようにした。
「あたし覆面をとります。あなたがたもおとりになってね。こういうときには、素顔のほうがしんけんにお話ができますわ」
E婦人はそういって、頭からすっぽりかぶっていた怪奇な覆面を取り去った。その中から出てきたのは、どこか琴平咲子に似た美しい顔であったが、よく見るとちがっていた。
「あなたは、いったいだれです?」
団長春木夫人は、恐怖の声をたてた。
「あたしは、そうですね、シルエットと呼んでいただきましょう。影のような男です」
「エッ、男ですって?」
ふたりの夫人の口から驚愕の叫びがほとばしった。
「ハハハハハ、じつは男なんですよ。琴平さんをごまかして、琴平さんに化けて、あなたがたのおもしろい遊びを拝見に来たのです。いや、ご心配なさることはありません。ぼくはあなたがたの味方です。あなたがたのために、ひとはだぬぐつもりでいるのです。もし、琴平さんの代わりにぼくが来ていなかったら、今夜の事件を、あなたがただけの力では、どうすることもできなかったでしょう。じつにしあわせでしたよ。ぼくならそれができるのですからね」
いうまでもなく、それは琴平咲子に化けた影男であった。
「そうでしたか。それじゃ、あなたはあたしたちの本名もご存じでしょうね。ねえ、二宮さん、こうなったら、もうしかたがないわ。覆面をとりましょうよ」
団長のことばに、ふたりは同時に覆面を取り去った。でっぷり太った春木夫人の顔は、雑誌などの写真でおなじみだった。五十歳を越した遊蕩夫人で、いかにも女親分のかっぷくである。二宮友子は三十五、六歳に見える遊蕩美人、あのふたりの好青年を捜し出してきた腕まえからも、その日常生活のほどが察しられた。
「で、あなたは、どんなふうにして、あたしたちを助けてくださるのですか」
春木夫人は、さすがにおちつきを取りもどしていた。そして、ふたりとも、このふしぎな女装の美男子に、激しい好奇心を催しはじめた様子である。
「まずあなたがた全部のアリバイを作らなければなりません。この会合場所はだれも知らないとしても、あなたがたが今夜お宅におられなかったことは知れ渡っているのですから、それを隠すのです」
「まあ、そんなことができるのでしょうか」
ふたりの夫人には、目の前の女装男子が、なんだか魔法使いのように見えてきた。
影男-男扮女装(2)
日期:2022-02-14 23:50 点击:259
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