死体隠匿術
影男のむぞうさな答えに、両夫人はまたしても、あっけにとられてしまった。
「え、死骸を隠すのが、簡単だとおっしゃるのですか」
「そうです。絶対に発見される心配のない、しかも至極簡単な方法があります。しかし、それに着手するまえに、ひとつご相談があるのですが、まずこの男を早く山谷の簡易旅館へやらなければいけません。きみ、それでは、すぐに出発してくれたまえ。ぬかりなくやるんだよ。そして、連絡はいつものところだ」
小林になりきった若者は、一礼して出ていった。影男はそれを見送ってから、「ちょっと」と断わって、どこかへ電話をかけた。
「別の部下を呼びよせたのですよ。死体運搬のためにね。ところで、さっきいったご相談ですが……」
春木夫人がすばやくそれを受けとめて、
「お金のことでしょうか」
と、勘のよさを示した。
「さすがにお察しがいいですね。そのとおりです。縁もゆかりもないぼくが、これほど皆さんのために働くのには、何かわけがあるはずです。それはお金ですよ。ぼくは、実は、こういうことを商売にしているものです。人生の裏街道を歩きまわって、そこからお金もうけを捜し出し、ぼくの持っている知恵と技術を提供して、ぼろいもうけをするのがぼくの職業です。どろぼうのうわまえをはねるというやつですね。いや、失礼、つい口がすべりました。あなたがたのことじゃありません。いつもどろぼうや人殺しを上顧客にしているものですから、失礼なことをいってしまったのです。お許しください」
両夫人は、それを聞くと、薄気味わるくなってきた。女装怪人の美貌には引きつけられていたし、その腕まえには深く信頼していたけれども、どろぼうや人殺しのうわまえをはねる商売と聞いては、ゾッとしないではいられなかった。
「で、その金額は?」
春木夫人は虚勢を張って、さりげなく尋ねた。
「そうですね。これが男のお金持ちの場合だったら、千万とか二千万とかいうのですが、いくらお金持ちの夫人がたでも女ですからね。無理なことはいいません。あなたがたのへそくりを集めれば支出しうる程度の額でがまんしましょう。三百万円です。会員の数で割れば、ひとり二十万円ほどですみます。このくらいの額なれば、ご主人にないしょで、へそくりからお出しになることができましょう。ぼくは掛け値は申しません。これが最後の金額です。また、あとを引いて、それ以上ねだるようなことは、けっしてしません。ぼくは、これよりも大きな仕事にいくつもかかり合っていて、忙しいからだです。一つの事件で、あとを引くようなけちなまねはしませんよ。
三百万円、ご承知ですか。それとも、おいやなれば、おきのどくですが、この死体をほうり出して、ぼくはあなたがたと縁を切ります。いかがです」
両夫人は顔を見合わせたが、十数人の破滅を救うためには、考えてみれば三百万円は安いものであった。そのくらいの額なれば、非常な無理をしなくても作れると思った。春木夫人は未練たらしく値切るようなことをしないで、承知の旨を答えた。
そこで、影男は死体運搬のために部下がやって来るまでの時間を利用して、両夫人を相手に、死体隠匿術の講義をはじめたものである。
「古来、殺人犯人は、死体隠匿術について、実に苦労をしてきました。土に埋めれば、掘り返した跡が残る。水に沈めれば、浮き上がる。首、胴、両手、両足と六つに切断することが、一時西洋で流行しました。そうすれば遠くへ運びやすいし、離ればなれに隠す便宜もあるというのですが、よく考えてみると、こんなおろかな手段はありません。いくら離ればなれに隠したって、発見されることは同じです。なるほど、死体鑑別には少々ほねがおれるが、一部分でも発見されれば恐ろしいセンセイションをまき起こすので、警察は全力を尽くして捜査することになり、けっきょくは犯人が見つかってしまいます。日本のバラバラ事件だって、みんな犯人がつかまっているのでもわかるでしょう。世間を騒がせて事を大きくするだけの、最もおろかな方法ですよ。
そのほかにいろいろな方法が考え出されたのですが、いちばんいいのは、死体をあとかたもなく消滅させてしまうことです。その最も幼稚なのは、大きな暖炉の中で死体を焼いてしまうという着想です。ヨーロッパの有名な学者殺人魔がこれをやって、みごとに失敗しました。暖炉の煙突から火葬場のにおいがして、付近の人に気づかれたからです。これも実におろかな方法です。溶鉱炉へ投げ込むという手もあります。また、死体を棺に入れて、葬式と見せかけて火葬場へ送り込む手もあります。しかし、これらの場所には厳重な警戒があって、よほどうまく条件がそろわないと実行は不可能です。たとえできたとしても、非常な危険を冒さなければなりません。
死体消滅の方法としては、こういうのもあります。タンクの中へ硫酸を満たして、死体をその中につけて溶かしてしまうのです。骨もなにも、あとかたもなく溶けてしまいます。昔アメリカにホームズという極悪人があって、死体溶解のタンクを備えたりっぱな殺人御殿を建て、おおぜいの人を溶かして金もうけをしたことがあります。ばかばかしいようですが、実際にあったことです。むろん、警察に発見されました。あまり堂々とやっていたので、その筋の盲点にはいったわけでしょう。しかし、硫酸タンクなんておおがかりな設備をすれば、いずれは見つかるにきまっています。やはり、おろかな手段です。
ぼくの死体隠匿術は、そういうばかばかしいものではありません。気がつきさえすれば、だれにでもできる至極簡単なことです。しかし、それを具体的にお話しすることはさし控えなければなりません。あなたがたはなんといっても女です。たとえわが身の破滅とわかっていても、場合によっては、感情に支配されて、秘密を漏らされるようなことがないともかぎりません。また、春木さんはぼくより年上ですから、縁起でもないことをいうようですが、臨終の床で、いっさいをざんげするような気持ちになられることが、ないとはいえません。そんなことがあっては、ぼく自身の破滅です。
ですから、残念ながら、ぼくの死体隠匿術を詳しくお話しすることはできませんが、どこにでもあるものを使うのです。しかも、その使い方が実に簡単なのです。そうすれば、死体は完全にこの世から消えうせてしまうのです。小林の死体は、永久にだれにも発見される心配はありません。
いまにぼくの部下が自動車を運転して、ここへやって来ます。その部下が大きな麻袋を持ってくるのです。ぼくらは小林の死体を麻袋に入れて、自動車にのせます。ぼくもその車に乗って、ある場所へ急ぐのです。そして、あすになれば、死体は完全にこの世から消滅します。
お約束の謝礼金は、一カ月のちにいただきます。受け渡しの方法は、ぼくにお任せください。ぼく自身にも、あなたがたにも絶対に危険のない方法で、必ずちょうだいします。それまでにまちがいなく三百万円をまとめておいてくださればいいのです。わかりましたね。死体隠匿方法を説明できないのは残念ですが、一カ月のあいだなにごとも起こらないということで、ぼくの手腕を信じてくださるほかはありません。おわかりになりましたか」
両夫人は「そんなうまい方法があるのだろうか」と半信半疑であったが、平然として一カ月の猶予を与えた相手の自信に圧倒された形で、影男の申し出を了承した。
まもなく部下の自動車が到着し、影男は小林の死体を入れた麻袋と同乗して、車はやみ夜の中を、どこともしれず走り去ったのである。