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影男-杀人公司(4)
日期:2022-02-14 23:50  点击:260

 それについては、犯人になってくれる男を雇う場合もあります。うすのろのルンペンで刑務所にはいったほうが食いものがあっていいというようなやつをですね。その場合には、計画殺人ではなく、過失致死という形にします。そうすれば、死刑になるようなことは絶対にありませんし、刑期もごく短いのですからね。やっぱり、そういう犯人の代役がなくては困る場合もあるのですよ」
 この話は、要所要所はささやき声で話されたし、全体の会話が電蓄に消されてもいたけれど、(よい)の銀座のバーの中でこういう話をするというのは、まことに傍若無人、常規を逸しているように見えた。しかし、ほんとうは、こういう場所がかえっていちばん安全なのかもしれない。それは、「秘密は群衆の中で行なうべし」とか、「最上の隠し方は見せびらかすにあり」とかいう、最も賢い悪人の箴言(しんげん)に一致していたのかもしれない。
「あなたの会社の事業は、だいたいわかりました。ところで、ぼくにお頼みというのは?」
 春泥がたずねた。ふたりとも、そのころは三杯めのハイボールをあけていた。
「一口にいいますと、ぼくらは顧問がほしいのです、あなたの天才的な知恵が貸してほしいのです。芸術的であって、まったく安全な殺人方法というものは、そうそう考え出せるものではありません。一方、依頼者はますますふえるばかりです。われわれはこの際、どうしても有能な顧問がひとりほしいのです。
 たとえばですね、あなたは最近のお作に、古井戸に死体を隠すことをお書きになった。そういう場合に備えて、ほうぼうに古井戸つきの地所を買っておくという新手をご発表になった。われわれは、あれを読んで感嘆したのです。そして、あなたは小説だけでなく、実際にそういう古井戸つきの地所をいくつも持っておられるとにらんだのです。違いますか?」
「ハハハハハ、あれは小説ですよ。実際と混同されては困る」
「その言いぐさは、だれかほかの人に使ってください。ぼくらにはだめです。だから、最初に、あなたの秘密はいくらか握っていると申し上げたじゃありませんか」
 須原はそういって、白い目でじろりと相手を見た。千軍万馬の春泥にも、その目つきは薄気味わるかった。須原は話をつづける。
「死体をほうり出しておいても安全な場合もありますが、そうでない場合も多いのです。そこで、これは将来の話ですが、必要なときにはそのあなたの古井戸つきの地所を利用させてもらいたいのですよ。土地に対しては時価の十倍をお払いします」
「それは、ぼくがそういう土地を持ってればという仮定で、承諾しておきましょう。要するに、ぼくとしてはアイディアだけを出資すればいいのですか」
「そうです、そうです。出資とはうまいことをおっしゃった。そのとおりです。命まで出資してくださいとは申しません。あなたは取締役ではないのですからね」
「で、顧問料は?」
「奮発します。四人で山分けです。つまり、会社の全収入の二十五パーセントですね。配当はあなたも取締役なみというわけです」
「で、もしぼくが不承知だといったら?」
「まさか殺しゃしませんよ。秘密を漏らしたら消してしまうというのは、契約を取り結んでからです。それまではお互いに自由ですよ。もし、あなたが今夜の話をその筋に告げるようなことがあっても、ぼくは平気です。今夜話したことは、全部荒唐無稽(こうとうむけい)の作り話で、小説家佐川春泥のごきげんをとりむすんだばかりだと答えます。常識人には、殺人会社なんてとっぴな話は、なかなか信じられるものではありませんよ。それに、こんなに客のいるバーの中で、まじめに人殺しの話をしたなんて、だれも本気にするはずがありませんからね。その意味でも、バーは最適の場所だったのですよ」
 影男の春泥は、この須原と名のる小男が気に入った。こういう知恵の回るやつとなら、いっしょに仕事をしてもおもしろいだろうと思った。
「よろしい。きみが気に入った。ぼくはきみたちの会社の顧問を引きうけましょう」
 それを聞くと、小男はニヤリと笑って、
「ありがとう。では、約束しましたよ。契約書も取りかわさなければ、血をすすり合うわけでもありません。何も証拠は残らないのです。それは、われわれの場合は、違約をしても、法廷に持ちこむことはできないからです。もし違約すれば、ただ死あるのみです。今日ただいまから、あなたは責任を持たなければなりません。もし、われわれの秘密をこれっぽっちでも漏らしたら、あなたはこの世から消されてしまうのです。わかりましたか」
「いや、きみたちのほうで消すつもりでも、ぼくは消されやしないが、そのスリルはおもしろいですね。けっして秘密なんか漏らしませんよ。秘密はお互いさまですからね。そのうち、だんだんぼくの正体も、きみたちにわかるでしょうよ。で、さしあたって、ぼくはどういう知恵をお貸しすればいいのです?」
「それはここでは話せません。あす、別の場所で話しましょう。あす午前中に、きょうのところへ電話をかけます。あすも、あのアパートにおいでですか」
「実は忙しいのだが、一日ぐらい、きみたちのために延ばしてもいいです。あすこにいますよ」
「速水荘吉という名でね。あなたにはそのほかに鮎沢賢一郎という名もおありですね。ウフフフフフ、どうです。ぼくたちの調査力もバカになりますまい」
「ますます気に入った。きみのような友だちができて、ぼくもしあわせです。じゃあ、あす、お電話を待ちますよ」
 春泥は帽子を取って立ちあがった。

 


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