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影男-两个头(1)
日期:2022-02-16 17:56  点击:262

二つの首


 その夜一時、川波家の庭園に、黒い影が動いていた。月も星もないまっくらな夜だった。黒い影はへいをのりこしたらしく、夜の木立ちのあいだをくぐって、裏のほうへ回っていった。そのものは、黒の覆面で頭部全体をおおい、二つの目と口のところだけに、穴があいていた。からだには、ぴったりくっついた黒のシャツと、ズボン下を着て、黒い手袋、黒いくつ下、黒いくつをはいていた。いうまでもなく、やみ夜の保護色を装った影男である。
 庭園には大小の樹木が森のように茂っていた。二カ所ほど常夜灯がついているけれど、木の葉にさまたげられて、遠くまで光は届かない。黒い影は、そのやみの中を、忍術使いのように、ちろちろと消えたり現われたりしながら、綱をめぐらした裏庭へはいっていった。
 裏庭には樹木にかこまれた十坪ほどのあき地があった。この辺は座敷から見えないので、手入れが行き届かないのか、一面に雑草がはえていた。
 影男は一本の太い木の幹にかくれて、その雑草のあき地をじっと見つめた。常夜灯の光はほとんど届かないが、目が慣れるにしたがって、曇り空にもほのあかりがあるので、地面が見わけられるようになってきた。
 そこにはえているのは、二、三寸の短い雑草ばかりだったが、その平らなあき地に、二つの丸い大きな石ころがころがっていた。よく見ていると、その石ころが、生きもののように、かすかに動いていることがわかった。
 影男は木の陰にしゃがんで、二つの石ころに目を凝らした。石ころには目と鼻と口とがあった。一つは男の顔、一つは女の顔をしていた。男のほうは、もじゃもじゃに乱れた髪の下に、濃いまゆと、大きな目と、彫刻のような鼻と、くいしばった口があった。女のほうは、カールの髪が乱れて、顔にかかっていた。ゾッとするほど美しい顔だった。やみの中にも、彼女の顔だけが白く浮き出しているように見えた。
 二つの首は一間ほどへだたって向かいあっていた。男は二十七、八歳、女は二十四、五歳であろうか、夜目のためにそう見えるのか、珍しいほどの美男美女だった。不思議な地上の獄門であった。切断された二つの首が、そこにさらしものになっているのかと思われた。だが、それにしては、かすかにうごめいているのは、なぜであろう。胴体から切り離されても、残る執念のために、まだ死にきれないでいるのだろうか。
 二つの首は、向き合って、お互いの顔をじっと見つめているように見えた。何かものいいたげであった。しかし、双方とも口はきけなかった。四つの目は、千万無量の意味をこめて、見つめ合っていた。
 影男は上半身を前に出して、二つの首と地面との境を凝視した。首のまわりには草がはえていない。地面が露出している。首と土との境めは、どうも切断された切り口のようには感じられなかった。血も流れているようではなかった。
 ああ、なんという残酷な刑罰だ! さすがの影男も、その着想のむざんさに、がくぜんとした。それは生き埋めであった。そうとしか考えられなかった。姦夫(かんぷ)姦婦(かんぷ)をはだかにして、庭にうずめたのだ。そして、首だけを地上に残して、お互いにながめ合えるようにして、かれらの恐怖を最長限に引き延ばそうとしたのだ。
 だが、かれらはなぜ叫ばないのであろう。いくら広い邸内といっても、大声をたてれば付近の家や道路に聞こえないこともなかろう。そして、だれかが救い出してくれるかもしれないのだ。それを、あんなにだまりこんでいるのは? ああ、わかった。外からは見えぬが、口の中に布ぎれか何かが丸めて押しこんであるのだろう。それを吐き出す力がなくて、口がきけないのであろう。
 影男はいまにも木陰から飛び出していって、地面を掘りおこし、ふたりを助けようとした。そして、一歩踏み出そうとしたとき、向こうの茂みが、サーッと音を立てた。風ではない。大きなヘビのようなものが近づいてくる音だ。小間使い千代のことばを思い出した。ヘビではない、この屋敷の主人川波良斎が、深夜仇敵(きゅうてき)をこらしめるために、忍びよってきたのにちがいない。
 かき分けられた茂みに、薄黒い人の姿が現われた。茶っぽいネルの寝巻きを着た四十男だ。影男はすばやく木の幹に隠れたし、やみの保護色に包まれているので、相手は少しも気づかない。かれはのそのそと二つの首に近づいてきた。見ると、手に妙なものを持っている。大きな(かま)だ。もう一つは大きな草刈りばさみだ。鎌は普通の倍もあるような巨大なもので、そのとぎすました半月形の刃が、やみの中でも白く光っている。草刈りばさみのほうも、それに劣らぬ大きさで、長い木の柄がつき、二つに割れたはさみの先が、二本の出刃包丁のように光っている。


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