こいつは気ちがいだ。妻の不義に目がくらんで、気がちがったのだ。あの鎌とはさみで、地上にはえた二つの首を、草でも刈るように、ちょん切るつもりかもしれない。
しかし、すぐには切らなかった。あまり早くやってはもったいないという様子で、二つの光る道具を見せびらかしながら、首と首との中間にうずくまった。
「ウフフフフ」
気味のわるい笑い声が、ヘビのように地面をはっていった。
「これを見たかね」
そういって、二つの首切り道具をガチャガチャといわせた。三本の青白い刃が草の上にきらめいた。
「だが、まだ殺さない。おれの恨みは、もっと深いのだ。きさまたち、ここへうずめられるときには、気を失っていた。ゆうべ女中が持ってきたコーヒーに、おれがそっと眠り薬を入れておいたからだ。きさまたちは、おれがここへ穴を掘ってひとりずつうずめてしまうまで、ぐったりとして、何も知らないでいた。気がつくと、からだ全体が、重い冷たい土で締めつけられているのを知って、驚いただろう。目の前に恋人の首がある。え、きさまたち恋人だからね。主人の目を盗んで、ちちくり合った恋人どうしだからね。お互いの顔がよく見えるようにしておいてやった。そうすれば、きさまたちのこわさ苦しさが二倍になるのだ。ウフフフフフ、ざまあ見るがいい。なんてかっこうだ。きさまたち、かわいそうに、首だけになっちまったじゃないか」
ふくしゅうの鬼はヘビのように、自分の首をニューッとのばして、男の首の前に近づけた。顔と顔とが三寸の近さでにらみ合った。
「やい、なんとかいえッ! その目はなんだ。くやしいのか。口をモグモグやってるな。おれのさるぐつわは、そんなことで取れるものじゃないぞ。こら、よくも、おれの目を盗んで、おれの命から二番めの女を横取りしやがったな。ちくしょうッ、思い知ったかッ!」
かれはいきなり立ち上がると、げたばきの足で、ゴツン、ゴツンと、男の首の額のあたりをけりつけた。逃げることも、叫ぶこともできない植物のような首は、ただ目をつむって歯を食いしばっていた。おそらく、皮膚が破れて、血が流れたことであろう。額からほおにかけて、一面に黒くなっているのが、かすかにながめられた。
狂人川波は、次に女の首に近づいた。やっぱりヘビのようにぶきみに首をのばして、顔と顔とがくっつくばかりにした。
それを、うしろから、半面黒あざになった男の首がにらんでいた。今は目を飛び出すほどもひらいて、憎悪に燃えてにらんでいた。その眼球が血を吹いて、サッと川波の首筋へ飛びついていくかと怪しまれた。
「やい、美与子、虫も殺さぬ顔をしてやがって、よくもおれを裏切ったな。昔からいう憎さが百倍というやつだ。もう未練はない。ちっともないぞ。ウフ、泣いてるな。まるで、噴水のように涙がわき出るぞ、いい気味だ。やい、その目はなんだ。いまさら哀願するのか。おれに媚を売るのか。売女め。うん、きさまが泣くとかわいい顔になる。どうだ、接吻してやろうか。そこにいる男の目の前で、熱烈な接吻というのをしてやろうか。きさま、それにこたえるか」
狂人の顔が女の首に密着した。両手をついて、地面に腹ばいになって、ほんとうに巨大なヘビのかっこうで、女のくちびるをむさぼった。くちびるとくちびるとがぬめぬめと交錯した。
「ふふん、やっぱり媚びてやあがる。くちびるでおれをごまかそうとしてやあがる。それほどいのちが惜しいのか」うしろをふりむいて、「おい、篠田、見たか。この女はおれに接吻を返したぞ。くちびるで、ほんとにおれが好きだったといっているぞ。ざまあ見ろ。女ってこんなもんだ。だが、おきのどくだが、そのくらいのことで、おれの虫は納まらないぞ。殺してやるのだ。ふたりともぞんぶんにいじめたうえで、殺してやる。鎌とはさみで、雑草のように、その首を刈りとってやる。そして、二つの首は離ればなれに地中深くうずめて、その上からコンクリートを流してやる。コンクリートの池を造るのだ。きさまたちの首は、池の下で、ウジムシにくわれるのだ」
狂人はそれだけしゃべると、いくらか虫が納まったのか、しばらくだまりこんでいたが、ゆっくりと立ち上がった。そして、そこにほうり出してあった大鎌を拾いとった。
曇り空の薄あかりが、巨大な鎌をふるう死に神の姿を映し出した。刃わたり二尺もある大鎌が、あのとぎすました刃が、青白くきらめき渡った。狂人はそれを縦横に振りまわしているのだ。振りまわすたびに、風を切る音がピューンとものすごく聞こえ、鎌の刃はプロペラのように輝いた。
影男-两个头(2)
日期:2022-02-16 17:58 点击:280