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影男-小个子的来访(2)
日期:2022-02-16 18:02  点击:284

「もう一つ、わたしはあなたのご存じないことまで知っています。それは、あのとき、あなたをひどいめに会わせたまっくろな怪物の正体です……」
「エッ、きみはそれを知っているのですか?」
 良斎は思わず聞き返した。須原は相手の驚きを見て、それ見たことかと、いっそうおちつきはらって、
「あれは恐ろしい男です。名まえを五つも六つも持っていて、変幻自在の奇術師です。自分では悪事を働きませんが、犯罪者をゆすって、そのうわまえをはねるというすごい男です。つまり、世の中の裏側を探検して、ばくだいな金をもうけ、またそれを材料にして、一つの変名で小説まで書いているのです。まず天才でしょうかね。実は、わたしの会社も、あの男の知恵を借りて仕事をしたことがあるのです。ちょっと残酷なふくしゅう殺人でしたがね。あの男はその案を授けておきながら、こんな残酷なことはいやだといって、われわれから離れていきました。惜しいことに、真の悪人ではないのですね。しかし、われわれの会社としては、いろいろな意味で注意すべき人物ですから、できるだけかれの情報を手に入れる努力をしているのです。あなたの事件にかれが関係したことは、そういうわけで、われわれも知っているのですよ」
 須原は何もかも正直にぶちまけて語ったが、むろんそれは、かれが善人だからではない。真の悪人というものは、この人ならばだいじょうぶという見通しをつけた場合は、まるでお人よしのように、隠しだてをしないものだ。こういう話し方をするからには、かれは川波良斎が必ず会社の依頼人になるという確信を持っていたにちがいないのである。
 良斎も商売上の取り引きにかけては、わかりの早いのを自慢にしているほどの男だから、ここまで聞けば、もうちゅうちょすることはないと思った。須原というサル面の小男は、見かけによらぬ大胆不敵な悪党で、信頼するに足るという感じがしてきた。
「それで、きみがきょう、わたしをたずねてくださった意味は?」
 わかりきったことを、わざと尋ねてみた。
「この際、殺人請負業者にご用がおありだと思いましてね」
 相手もすましている。
「そんなにやすやすとやれますか」
「相手によって、むろん難易はあります。しかし、わたしどもの会社は、いまだかつて、途中で手を引いたことはありません。必ずなしとげるのです。しくじれば、われわれ自身のいのちにかかわるのですからね。また、万一われわれが逮捕せられるようなことがありましても、そして、たとえ死刑の宣告を受けようとも、けっして依頼人の名は出しません。その保証がなければ、この商売はなりたちません。大枚の報酬をいただくのですから、それは当然のことですよ」
「大枚の報酬というのは、いったいどれほど……」
 良斎はなにげなく尋ねたが、その目にしんけんな色がちらっときらめいた。
「それも場合によります。仕事の難易と、依頼者の資産から割り出すのです」
「すると、わたしの場合は?」
 たとえドアの外で家政婦が立ち聞きしていたとしても、ふたりの声はけっして聞きとれないほどの低さであった。
「篠田ですか、美与子夫人ですか」
「両方です。そのほかにもうひとりあります」
「あのまっくろな怪物ですか」
「そうです。あいつは、いったい、なんという名まえなんです」
「わたしにもわかりません。わたしが会ったときには佐川春泥という小説のほうのペン・ネームを使っていましたが、そのほかに速水荘吉、鮎沢賢一郎、綿貫清二など、いろいろの名を持っています。住所もそれぞれ違いますし、名によって、顔つきまで変わってしまうのです。変装の名人です」
「そんなやつが、きみの手におえますか。それに、その男はきみの会社の顧問のようなことまでやった関係がある。それでもやっつけることができるのですか。商売上の徳義というものもあるでしょう」
 それを聞くと、小男はニヤリと笑った。ふてぶてしい笑いだった。
「あいつは、先方からわれわれを捨てて逃げたのです。今は何の縁故もありません。ああいうやつを敵に回せば、おおいに張り合いがあるというものですよ」
「それで、報酬は?」
「三人ともこの世から消せばいいのでしょうね。そして、それがあなたにはっきりわかればいいのでしょうね。消し方についての特別のご注文はないのでしょうね。それによって報酬がちがってくるのです」
「注文をつけないとしたら?」
「あの黒い怪物だけは別です。普通の場合の数倍いただかなければなりません。最低二千万ですね。ほかのふたりは、三百万円ずつでよろしい。むろん、仕事が成功して、その結果をあなたが確認したあとで、お払いになるのです。着手金などはいただきません」
「あとになって支払わない場合はどうなさる?」
「ハハハ、それは少しも心配しません。依頼者その人を消してしまうからです。つまり、いのちが担保ですよ。どんなばくだいな報酬でも、いのちには替えられませんから、けっきょくは支払うことになるのです。今までにもそういう例がいくつかあります。この事業は、けっして報酬を取りはぐる心配がないのです」
 かれらのあいだの丸テーブルの上には、良斎がさっきからちびちびやっていたウイスキーびんとグラスがあったが、良斎はそのとき、立っていって、飾りだなからもう一つグラスを出してきて、須原の前に置いた。
「一杯いかがです」
 と、びんの口をとると、小男は舌なめずりをして、グラスを手にした。
「目がないほうです。しかし、このグラスなら三杯ですね。それ以上はやりません。酔うからです。酔っては商談にまちがいがおこります」
「じゃ、乾杯しましょう」
 二つのグラスがカチンとぶっつかり合った。
「ご依頼しました。三人とも消してください。そして、その確証を見せてください。幾日ほどかかりますか」
「ふたりは一カ月もあればじゅうぶんです。しかし、あの黒いやつは、その倍も見ておかなければなりません。まず全体で二カ月というところでしょうね」
「よろしい。それじゃ約束しましたよ」
 良斎はそういって、ぐいとウイスキーを飲みほすと、さも楽しそうに笑いだすのであった。

 


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