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影男-消失的房间(2)
日期:2022-02-16 18:13  点击:255

「わが社の仕事ぶりがわかりましたか。まずこういったぐあいです。ごらんなさい。ドアの前のレンガは、すっかり漆喰で塗りつぶされました。これがかわけば、廊下の壁と見わけがつかなくなるのです」
 須原は得意らしく、そこを指さした。運転手が、やっと仕上げのコテを置いたところである。
「あとは、あの窓を塗りつぶすだけです。きみ、すぐに窓のほうにかかってくれたまえ」
 いわれて運転手は、漆喰のバケツとコテを持って、今まで良斎が使っていたキャタツの上へのぼっていく。
「どうです。ふたりの死骸(しがい)だけでなく、へやそのものを抹殺(まっさつ)してしまうのです。この建物の中から、一つのへやが消えうせてしまうのです。これがわれわれのやり口です。思いきってずばぬけた着想、これが最も安全な道です。びくびくして、こまかいことを考えていたら、かえって失敗します。つまり、世間の意表を突くというやつですね。
「この計画のために、わたしはこの家全体を買い入れたのです。そして、今後はけっして人に売ったり貸したりはしません。わたしの別宅として使うのです。ですから、この消えうせたへやの秘密は、永久に保たれるわけですよ。
 それから、ご安心のために、もう一つ説明しておきますが、きょうの仕事は、わたしと、この運転手をつとめた男と、ふたりだけでやったのです。われわれの会社には、わたしのほかにふたりの重役がおりますが、ひとりは女ですし、こういう仕事には不向きなのです。むろん、きょうの仕事は知らせてあります。しかし、直接関係はしなかったのです。人間関係としても、この秘密はけっして漏れることはありません。
 この男ですか? むろん、運転手が専門じゃありません。わが社創立当時からの幹部社員です。斎木というのですが、曲馬団出身の冒険児で、わたしの第一の腹心です。一生めんどうをみてやるつもりです。斎木のほうでも、わたしからは生涯(しょうがい)はなれないといっております。ですから、もしこの事件がばれるとすれば、川波さん、あなたの口からですよ。くれぐれも注意してください。お互いのいのちにかかわることですからね」
 須原の長い説明がすむと、良斎は感にたえて、
「ふうん、おそれいった。さすがはその道の専門家だね。死骸を隠すために一軒の邸宅を買い入れて、その中の一室を消してしまうとは、思いきった手段だ。ずいぶん資本もかかるわけだね。しかし、まだひとり残ってますぞ。速水とかいう怪人物だ。あれはきょうのふたりとはちがって、よほど手ごわいだろうからね」
「手ごわいだけにおもしろいですよ。いよいよ次はあいつの番です。まあ、見ていてください。斬新(ざんしん)な手口をお目にかけますよ……ごらんなさい。これでもう、あとかたもなく、一つのへやが消えうせました」
 斎木という男は、もうすっかり窓を塗りつぶして、キャタツを降りてきた。ドアものぞき窓も消えて、そこには廊下の壁があるばかりだった。
「建物の中のへやべやの内のりを計って合計した長さを、建物の外側の長さから引くと、壁の厚さの合計が出ます。それを壁の数で割れば、平均の壁の厚さが出るわけです。この建物をそうして計算してみますと、壁の厚さの平均がおそろしく厚いものになるでしょう。なぜといって、いま塗りつぶしたこのへやが、やはり壁として計算されるからです。これが昔から秘密のへやを捜し出す手段なのです。わたしはそれをよく知っています。ですから、そういう計算をするような人間は、けっしてこの家に入れませんよ。しっかりした執事を置いて、わたしのるす中もまちがいのないように計らいます。その点は、わたしをお信じください」
 こうして、川波良斎はその目的を達し、満足して引き揚げていった。


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