密室のなぞ
須原が影男を射殺した翌々日の昼ごろ、京王電車の蘆花公園駅に近い交番へ、妙なじいさんが駆けこんできた。
「たいへんです。わしの主人が殺されました」
日に焼けたしわだらけの顔に、白い口ひげとあごひげをはやしている。服は二、三十年まえに流行したような、つんつるてんの黒いセビロ。よごれたワイシャツは着ているが、ネクタイもしていない。子どものように小がらな、しなびたようなじいさんだ。
交番の警官は、じいさんの姿をじろじろ見ながら、疑わしそうに聞き返した。
「殺されたって、どこでだ。そして、きみの主人というのは、いったいどこのだれなんだ」
「主人は烏山××番地の佐川春泥という小説家です。わしは、そこに長年使われている谷口というものです。主人は変わりもので、庭の林の中に、レンガ建ての書斎を造って、その中で仕事を始めたんじゃが、それが、おとといから、書斎を出てこんのです。
主人は、今もいうとおり変わりものじゃから、書斎へはいったら、飯も食わんで、一日じゅう閉じこもっていることがよくある。そこで、わしもきのう一日はほうっておいたが、けさになっても出てこん。十時になっても、十一時になっても出てこん。これはどうも変だと思ったので、書斎の裏の窓にはしごをかけてのぞいてみた。すると、どうじゃ、主人はじゅうたんの上にぶっ倒れている。うつぶせに倒れているんじゃが、その顔に血が流れている様子じゃ。いつまで見ていても、身動きもせん、死んでいますのじゃ。
わしは書斎の中へはいって確かめようと思った。ところが、入り口のドアに中からカギがかかっている。がんじょうな戸じゃから、ぶちやぶることもでけん。窓はたった一つしかなくて、それには鉄ごうしがはまっている。わしの力ではどうにもなりませんのじゃ。急いで見に来てください」
じいさんの説明を聞くと、交番の警官も、もう疑わなかった。すぐに電話で本署に連絡しておいて、じいさんといっしょに現場に駆けつける。少しおくれて、所轄警察の署長みずから数名の係官をつれて、自動車でやって来た。
広い庭の林のような木立ちにかこまれて、古風なレンガ建てがぽつんと立っていた。とんがり帽子のようなスレートぶきの屋根、窓というものがたった一つしかなく、それに鉄ごうしがはめてある。まるで牢獄のような不思議な建物だ。広さは十坪ぐらいであろうか。
正面のたった一つの出入り口のドアには中からカギがかかっているので、署長や係官も、じいさんが裏側の高い窓にかけておいたはしごをのぼって、その窓から内部をのぞいてみた。じいさんのいうとおり、ひとりの男がうつぶせに倒れている。そのかっこうが、死んでいるとしか思えない。
窓から正面のドアを見ると、これはまたなんという厳重な戸締まりであろう。内側に幅の広い鉄のかんぬきががっしりとかかっている。これでは合いカギがあったとしても、とてもドアをひらくことはできない。
窓の鉄ごうしを破ったほうが早いかもしれぬと、よく調べてみたが、これがまたひどくがんじょうにできていて、どうすることもできない。また正面の入り口の前にもどって、警官たちが体当たりでドアを破ろうとしてみたが、これもまったく見込みがないことがわかった。厚い板戸で、要所要所には鉄板がうちつけてある。
「まだ建ってまもないようだね」
署長が谷口じいさんに尋ねる。
「はい、まだ使いはじめてから三、四日にしかなりません。それに、もうこんなことが起こるというのは、方角がわるかったのじゃ。わしがいくらとめても、主人は耳にもかけず、とうとう建ててしまった。見るがいい。案の定、この始末じゃ」
じいさんはぶつくさと無遠慮にこぼしてみせる。