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影男-密室之谜(3)
日期:2022-02-16 18:16  点击:316

 やがて、救急車が呼ばれ、死体が運び出されたが、それとひきちがいに、ひとりの妙な男が、一同の集まっている庭のほうへ、のこのことはいってきた。めがねをかけ、濃い口ひげのある三十五、六歳のりっぱな紳士だ。被害者の友人が、何も知らないでたずねてきたのかもしれないと思ったので、ひとりの警官が、そのほうに近づいて声をかけた。
「どなたですか。今、重大な事件がおこって、ごらんのとおり、とりこんでいるのですが」
「わたしはこの近所に住んでいる松下東作というものです。職業は弁護士です。ここのご主人とは知り合いでもなんでもありません。実はさっき、作蔵という出入りの仕事師が、わしのうちへやって来て、殺人事件のことを話していったのです。あなたがたに頼まれて、掛け矢でドアを破ったあの男ですよ。あれの話によると、被害者の倒れていたへやが、内側から完全に締まりができていて、犯人の逃げた方法がわからないということですね。つまり、密室事件というわけでしょう。それについて、ちょっとわたしの考えをお耳に入れたいと思いましたのでね」
 それを聞いた警官は、向こうへ行って、警視庁のおもだった人々や、所轄警察の署長などに、松下氏の来意を伝えたが、りっぱな紳士だし、職業が弁護士だというので、ともかく話を聞いてみようということになった。
「どういうお話があるのでしょうか」
 署長が松下氏に近づいて尋ねた。他の警察官たちも、そこへ集まってきた。その中に佐川春泥の召し使いだという谷口じいさんもまじっていた。
 松下という紳士は、一同の作った円陣のまんなかに立って、まるで講演でもするような、気どった調子で話しはじめた。
「ぼくは密室の犯罪というものを、日ごろからいささか研究しているのです。作蔵の話によって、その事件の密室がどういうものであるかも詳しくわかっております。そこで、この密室のなぞについて、ご参考までに、ぼくの意見を申しあげてみたいと思って、実は、わざわざ出向いてきたわけです。
 この建物は、ドアに仕掛けるトリックはまったく不可能な構造であること、また、窓にも完全な鉄ごうしがはまっていて、なんら策をほどこす余地のないこともわかっております。すると、犯人はいったいどこから外に出ることができたか。これが与えられた問題ですね。
 ところが、アメリカに、ドアにも窓にも関係なく密室を造ることを考え出した犯人があります。それは屋根です。屋根の横木を、ジャッキの力で上にあげて、そこに人間ひとり出入りできるすきまを作るのです。そして、出たあとはもとのとおりにしておくのですから、ちょっと気がつきません。密室トリックには、こういう新手があるのですね」
 それを聞くと、警視庁鑑識課のおもだったひとりが、思わず口をはさんだ。
「ところが、あの書斎の天井は白い漆喰(しっくい)で塗りかためてあるのですよ。漆喰をこわさないでは絶対に出はいりできない。そして、その漆喰には少しもこわれたあとがないのです」
 松下という紳士は、少しも騒がず、それを受けて、
「わかりました。しかし、ぼくはこの事件の犯人が、屋根から出はいりしたと申したわけではありません。こういうきばつな例もあるということを、お話ししたまでです。屋根といえば、もっときばつな手を使った犯人が日本にあります。つい五、六年まえのことです。山形県のいなかで、小さな家の屋根にロープをかけて、その家の上に太い枝を張っている大きなカシの木にいくつも万力をつけ、屋根全体を上に持ち上げて、そのすきまから逃げ出し、屋根はまたもとのようにしておくという、気ちがいめいたことをやった犯人がありました。
 ところが、これも四、五年まえのことですが、こんどはアメリカに、それに上越すとっぴなトリックを考えついたやつがあるのです。その男は、ある原っぱで人を殺しました。そして、それを不可能な犯罪に見せかけるために、という意味は、そうすれば犯人の物理的なアリバイがなりたつわけですからね、そのために、その原っぱの死体の上に、一晩のうちに一軒の家を建てたのです。ドアにも窓にも、中からカギをかけておいて、それから板壁をうちつけたのです。そうすれば密室のなぞができ上がります。犯人はドアや窓からではなくて、壁から出入りしたのです。そして、外側から板壁を打ちつけたのです。まさか、人を殺しておいてから、その上に家を建てるなんて、だれも想像しませんからね。いかがです、この話は今度の事件のご参考にはなりませんか」
 そのとき、警官たちの中にまじって、この話を聞いていた谷口じいさんが、こそこそとどこかへ立ち去ろうとしたが、松下紳士は目早くそれを見つけて、声をかけた。
「そこの白ひげのおじいさん。あなたはここのうちの人でしょう。あとでちょっとお話があります。どこへも行かないで、もうしばらくぼくの話を聞いててくれませんか」
 そのひとことで、立ち去りそうにしたじいさんがくぎづけになってしまった。じいさんは気まずいにが笑いをして、もとの場所にもどった。


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