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影男-背面(1)
日期:2022-02-16 18:17  点击:293

裏の裏


「あんた変装していなさるのか。はてな、どうもよくわからんが……」
 小男の須原は、まぶしそうに目をパチパチやっている。
「ハハハハハ、わからないかね、ほら、おれだよ」
 弁護士はそういって、めがねをはずし、口ひげを取り去って、ヌッと顔をつき出してみせた。
「や、や、あんたは佐川春泥 これはどうしたというのだ」
 須原は、キツネに化かされでもしたような顔つきで、ぼうぜんと相手を見つめるばかりであった。
「どっかでゆっくり話をしよう。おれのほうじゃ、まだもらうものがあるんだからね」
 影男の佐川春泥は、発案料の残金三百万円を、まだ取り上げようとしているのだ。
「よろしい。わしのほうでも、聞きたいことがある。ああ、あすこに神社の森がある。あの中で話そう。こういう話は、うちの中じゃあぶないからね」
 すぐそばに、神社の深い森があった。ふたりは、まるで仲よしの友だちのように、肩をならべて、その森の中へはいっていった。
「このへんがよかろう。きみも掛けたまえ」
 小男の須原が、大きなカシの木の根に腰かけると、影男も向きあって腰をおろした。
「いったい、これはどうしたわけだ。残念ながら、わしにはまだわからないよ。まんまといっぱいくわされたね」
 須原がふしぎそうな顔でいうと、影男はニヤニヤ笑いながら、説明をはじめた。
「東京港のボートの中で、お互いにピストルを見せあったね。きみが二五口径のコルトを持っていることは、まえから知っていた。それで、おれも同じコルトを手に入れたが、それがまったく同じ型かどうかを、あのとき確かめたのだよ。そして、このあいだの晩、きみがたずねてきたとき、そっときみのポケットのピストルとすり替えておいたのだ」
「エッ、すりかえた? いつのまに? これはおどろいた。きみは奇術師だ」
「奇術師だよ。おれのような世渡りには、奇術が何よりたいせつだからね。専門家について習ったものだ。そういうわけで、きみのポケットへすべりこませておいたピストルの最初の一発はから玉だった。あとは実弾だが、おれは一発で死ぬつもりだったから、それでよかったのだ。きみがあとになってピストルを調べても、残っているのは皆実弾だから、まさか最初の一発だけがから玉だったとは気がつくまいからね」
 小男須原の顔に驚嘆の色が現われた。
「おそろしい度胸だ。わしがもし二発めを撃ったら、きみはほんとうに死んでいたのだぜ」
「ハハハハハ、そこが心理学さ。一発で相手が倒れて、動かなくなったら、二発めは撃たないものだ。犯人は音をたてることを、ひどく恐れるからね。
 きみはおれのすり替えておいたピストルで、おれを撃った。きみが撃つだろうということは、ちゃんとわかっていた。だから、おれはしばいの血のりを用意しておいてね、きみがピストルを撃つと、すぐに倒れながら、自分の顔に血のりを塗りつけて、ピストルが顔にあたったように見せかけた」
 そこまで聞いても、須原にはまだがてんがいかなかった。
「ちょっと待ってくれ。それはおかしいよ。わしの目の前で倒れたのは、たしかにきみだった。ところが、わしはあのとき、心臓にさわってみたし、手首の脈もとったが、どちらも完全にとまっていた。わしはぬかりなく確かめたつもりだ。それが生き返るなんて、考えられないことだ」
「あれも奇術さ」
「エッ、奇術で脈がとまるのか」
「心臓をとめるのはむずかしい。だから、おれはシャツの中に、胸の形をしたプラスチックの板を当てておいたのだ。そうすれば、さわっても鼓動は感じない。手首のほうはプラスチックをかぶせるわけにはいかない。これは昔から奇術師のやっている方法を用いた。わきの下にピンポンの玉より少し大きいぐらいの堅いゴム玉をはさんで、腕の内側の動脈にあてがって、グッとしめつけているんだ。そうすると、そこから先の手の脈はとまってしまう。ちょっとのあいだ脈をとめてみせるなんて、わけのないことだよ」
「うーん、そんな手があるとは知らなかった。さすがにきみは『影男』だよ。で、わしがきみの死骸(しがい)にむしろをかぶせておいて、仲間へ電話をかけているあいだに、きみはのこのこ起き上がって、別のほんものの死体と入れかわったってわけか」
「きみのたくらみは、海の上でピストルを見せあったときからちゃんとわかっていたので、医科大学の実験用の死体のなかから、おれに近い年配、背かっこうのものを盗み出させ、レンガの書斎のそばの木の茂みの中へ隠しておいた。この死体のほうは、ほんとうに顔に傷つけて、血だらけにして、それにおれの服を着せておいたので、きみはうまくごまかされたのだよ」


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