須原はいよいよ感にたえた顔つきであった。
「きみみたいな奇術師にあっちゃあかなわない。そもそものはじめから、わしはやられていたんだね。わしのほうでは、犠牲となるきみ自身に完全犯罪の計画をたてさせ、そのきみの計画できみを殺そうという、思いきった手を考えついたんだが、きみは早くもそれを察して、裏の裏の手段を用意していた。わしのほうが底が浅かったことを認めるよ。だが、わしはまだ負けたわけじゃない。裏の裏には、またその裏があるかもしれないからね」
小男の須原が、顔じゅうをしわだらけにして、ニヤニヤと笑った。
影男はその表情を見て、「しまった」と思った。思わずポケットに手をやったが、ピストルは持っていなかった。立ち上がろうとしたが、もうおそかった。うしろから、がんじょうな腕がニューッと首に巻きついてきた。木の陰に、もうひとりの敵が隠れていたのだ。
それを見ると、須原も前から飛びかかってきた。小男の須原はたいしたこともなかったが、うしろの敵はおそろしい力を持っていた。鋼鉄のような腕を持っていた。
影男は、全身の力をふるって、首に巻きついた腕をもぎはなし、すばやく立ち上がった。それから五分ばかり、激しい死闘がつづいた。
敵はふたり、味方はひとり、それに、新しく現われたやつがおそろしく強いので、さすがの影男も、とうとう組み伏せられてしまった。うしろにねじあげられた両の手首に、細引きがグルグル巻きついてきた。それから、両方の足首にも。そして、ごていねいに、さるぐつわまではめられてしまった。
「ハハハハハ、きみにも似合わないゆだんだったね。まさかこの森の中に伏兵がいようとは、思いもおよばなかっただろう。これで、つまるところ、わしの勝ちというわけだね」
小男は息を切らしながら、毒口をたたいた。
もうひとりの男は、影男は知らなかったけれども、昌吉と美与子のふたりを小べやの中に塗りこめたとき、ドアの外のレンガ積みをやったあの斎木という運転手であった。
「さあ、急いで車まで運ぼう」
小男のさしずで、ふたりがかりで影男をかかえ、森の奥深くはいっていった。そして、神社の境内を囲む生けがきの破れから道路に出ると、そこに一台の自動車が待っていた。
影男はその後部席に押しこまれ、須原がとなりに腰かけて監視役をつとめた。運転手は前部席にはいって、ハンドルを握った。車はゆっくりとすべりだした。
徐行させながら、運転手はうしろを振り向いて、殺人会社専務取締役の須原に話しかけた。
「専務さん。実はちょっと心配なことがあるんです。こいつを車にのせるのを急いだので、今までだまっていましたが、大敵が現われたのですよ」
「エッ、大敵とは?」
須原は驚いて、運転手の横顔を見つめた。
「こいつに聞かれてもかまわないでしょうね。さるぐつわははめたけれど、耳は聞こえるんだから」
「かまわないとも、こいつはもうのがしっこないからね。まもなく、この世をおさらばするやつだ。何を聞かせたってかまやしない」
須原は、こんどこそ、よほどの自信があるらしい。
「それじゃいいますがね、明智小五郎のやつが、われわれの事業を感づきゃがったのですよ」
「エッ、明智小五郎が?」
「ぼくはここへ来るまで、六本木の事務所にいたんですが、専務さんが出かけられてまもなく、変な電話がかかってきたんです。相手はだれだかわかりません。明智小五郎が感づいたから注意しろという警告です。からかいかもしれません。しかし、用心に越したことはありませんからね。六本木のうちへはいるのは、よくあたりを調べてからにしたほうがいいでしょう」
「そうか。それがほんとうだとすると、薄気味のわるい話だな。明智が動きだせば、そのうしろには警視庁がいる。そんなことになったら一大事だぞ。で、ほかのふたりの重役は、それを知っているのか」
「符丁電話で知らせておきました。おふたりさんは、もう今ごろは安全地帯へ逃げ出していますぜ」
須原は腕組みをしてだまりこんでしまった。
運転手も正面を向いて自動車の速度を増した。
「よし、この辺でとめろ。きみは降りて、ちょっと[#「ちょっと」は底本では「ちょっとと」]うちの近くを見てきてくれ」
六本木にはいると、須原がさしずを与えた。運転手は車をとめて、ひとりで降りていったが、しばらくすると、しんけんな顔つきになって帰ってきた。
影男-背面(2)
日期:2022-02-16 18:17 点击:234