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影男-艳树之森(1)
日期:2022-02-16 18:18  点击:260


艶樹(えんじゅ)の森


 門内に車をとめて、三人が降りると、どこからか黒ビロードのシャツとズボンを着けた男が影のように浮き出してきて、影男と何かささやきかわしたかと思うと、そのまま先に立って、裏庭のほうへ回っていった。
 そこには森のように木が茂っていた。そして、大きな池が黒く見える水をたたえていた。黒い男の手まねで、三人はその池の岸に立ちどまった。影男はこれから何が起こるかをよく知っていたけれども、須原と部下の運転手は、はじめてここに来たのだから、一種異様の不安を感じないではいられなかった。
「妙なところへ来たが、これからどうなるんだね」
 須原が影男の耳に口をつけるようにして、心配そうにささやいた。
「この池の中へ隠れるんだよ」
 影男は、自分自身の経験を思い出して、心の中でクスクス笑いながら、わざと思わせぶりな答え方をした。
「エッ、なんだって? この池へはいるのかい」
「うん、はいるのだよ。水の中へもぐるんだよ。ウフフフフフ。だが、安心したまえ、直接もぐるんじゃない。それにはうまい方法があるんだ。いまにわかるよ。まあ、見ていたまえ」
 みなだまりこんでいた。広い邸宅ばかりの寂しい場所だし、この庭そのものが森林のように広いので、何の物音も聞こえてこない。夕やみは刻々に迫り、一つのあかりも見えず、あたりはもう見分けられぬほどの暗さになっていた。やみと静寂とが、異常な別世界を感じさせた。
 黒い池の表面がかすかにゆれているように見えたが、突然、そこから棒のようなものが現われてきた。棒の先がキセルのがん首のように曲がっている。ペリスコープだ。それが三フィートほども伸びると、池水はさらに激しくゆれ動いて、直径三フィートもあるまっくろな円筒形のものが、池中の怪獣のようにヌーッと巨大な頭をもちあげてきた。
 鉄の円筒が水上二フィートほどで静止すると、その上部の円形のふたが静かにひらき、その中から、鉄ばしごがスルスルとのびて、池の岸に掛けられた。
「じゃあ、どうか」
 黒ビロードの男がささやくようにいって、まっさきにそのはしごを渡り、円筒の中へもぐりこんでいった。
「あの中へはいるんだ。これが別世界への入り口だよ。別世界へはいってしまえば、もうこの世とは縁が切れるのだ。絶対の安全地帯だよ。さあ、おれについてくるんだ」
 影男は須原と運転手にそういって、はしごを渡りはじめた。ふたりはそのあとにつづく。
 鉄の円筒の内側には、縦のはしごがついていた。ひとりずつそれを伝い降りて、円筒の底に立った。狭い場所なので、からだをくっつけ合っている。
 影男は経験ずみだが、須原と運転手ははじめてなので、まっくらな円筒の底にとじこめられ、これからどうなることかと、異様の不安に襲われないではいられなかった。
 どこかでモーターの音がして、円筒がゆらゆらと揺れたかと思うと、なんだか目がくらむような気がした。ちょうどエレベーターの下降する感じだった。
 円筒が池の底へ静かに沈下しているのだ。円筒がふたたび静止すると、目の前の鉄の壁に、縦に糸を張ったような銀色の光がさし、それがみるみる太くなっていく。円筒の壁の一部がドアになっていて、それがひらいている。向こう側の電灯が、ドアがひらくにつれてさしこんでくるのだ。
 池の底では円筒が二重になっていて、出入り口も二重ドアなので、けっして水が浸入するようなことはない。人々が円筒を出ると、二重ドアは自然にしまっていく。
「こちらへ」
 黒ビロードの男が先に立って、地底の洞窟(どうくつ)を奥へ進んで、岩膚と見わけのつかぬ一枚のドアをひらくと、そこに接客用の小べやがあり、イスやテーブルが置いてあった。
「これはようこそ。お電話がありましたので、お待ち申しておりました」
 まるまると太った色白の顔にちょびひげのある紳士が、イスから立ち上がって、西洋流のゼスチュアであいさつした。
「ぼくは二度めですが、このふたりははじめてです。例の極楽を見せてやりたいと思いましてね」
 影男がふたりを引き合わせて、みなが席につくと、案内役をつとめた黒ビロードの男が一礼して立ち去ろうとするので、影男はこれを呼びとめた。
「ぼくらの乗ってきた自動車は、ガレージに入れておいてください。門の外から見られないようにね」
 男はうなずいて、また一礼して引きさがっていく。
「ところで、規則に従って、まず観覧料をお支払いします。まえのとおりでよろしいですね」
「はい、さようで」
 色白のちょびひげ男は、もみ手をして答える。


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