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影男-艳树之森(2)
日期:2022-02-16 18:19  点击:229

 影男はポケットから小切手帳と万年筆を取り出し、百五十万円の金額を書き入れて、さし出しながら、
「ぼくの小切手ですが、まちがいはありません。もうおなじみになっているんだから、ご信用願えるでしょうね」
「もちろんでございます。あなたさまのばくだいなご収入については、わたくしどものほうでも、よく承知いたしておりますので」
 ちょびひげはちょっとウインクをして、ニヤリと異様に笑ってみせた。
「では、三人いっしょに奥へ行ってもよろしいですか」
「もちろんでございます。ですが、ちょっとお断わりしておきますが、あなたさまがこのまえご覧になりましたけしきは、がらり一変いたしておりますよ。このまえは海でございましたが、こんどは森でございます。艶樹(えんじゅ)の森と申しまして、別様の風景を作り上げたのでございます。それから、第二のパノラマ世界もまた、すっかり変わっております。それは荒涼たるこの世のはてでございます。そこへ行く通路は……いや、これは説明いたしますまい。艶樹の森をさまよっておいでになれば、自然とそのもう一つの別世界に出られるようになっております……では、どうか廊下を奥へお進みいただきます。案内のものは、このまえと同じように、途中までお出迎えしておりますから」
 ちょびひげに送り出されて、三人はトンネルのような洞窟の中を奥のほうへ進んでいった。どこかに隠しあかりがついているとみえて、洞窟のゴツゴツした岩膚が、ぼんやりと見えている。
 しばらく行くと、洞窟の奥から、まっしろなものが現われてきた。このまえと同じ全裸の美女である。三人はこの裸女の案内で岩屋の湯にはいり、着替えをすませた。すべてまえのときと同じである。三人のうち、斎木運転手だけは、なぜか湯にはいらないで、着替えだけにした。着替えたのは、例のぴったりと身についた黒ビロードのシャツとズボンである。
 それから三人は、例のまっくらな洞窟の中へはいっていった。トンネルはだんだん狭くなり、ついには四つんばいにならなければ通れないほどになった。そして、やがて行きどまりだ。だが、影男は経験ずみなので、迷わなかった。じっと待っていると、正面の岩がスーッと横に動いてそこにぽっかり通路がひらいた。
 ひらいた岩の向こうに、急な上りの階段があった。それを上っていくと、そこに不思議な世界がひらけていた。
 三人がはい出した穴は、目の届くかぎり果てしもしらぬ大森林のまんなかであった。
 ここは地上ではない。むろん、地底世界のつづきなのだ。地底にこんな大森林があるはずはない。むろん、この世界の経営者の巧みな目くらましにちがいない。このまえには、地底に無限の大洋がひろがっていた。それはパノラマ原理の応用であった。この大森林も、おそらくそれに似た幻術なのであろう。
 だが、この森は地上では見ることのできない不思議な森であった。そこの巨樹たちも、いかなる植物学者も目にしたことのない異様の妖樹(ようじゅ)であった。
 そのふたかかえもある太い幹は、白、桃色、またはキツネ色の複雑な曲線におおわれ、それが絶え間なくむくむくとうごめいていた。うごめく樹幹の上には、巨大なシュロの葉のようなものが、空を隠して繁茂していた。
 森の中にはなま暖かく甘い芳香が、むせ返るように漂っていた。それは若い女性の肉体から発散する香気であった。
 三人は手近の一樹の幹に近づいて、こわごわそれを観察した。その幹は、裸女の肉体の密集からなりたっていた。おそらく、中心に一本の堅い棒が立っているのであろう。その棒の頂上からシュロの葉が四方にひろがっているのであろう。だが、幹は生きて動いている。棒の下から頂上まで、裸女がそれに取りすがって、折り重なり、ひしめき合っているのだ。そして、うごめく白と桃色とキツネ色の幹ができ上がっているのだ。
 からだとからだとがすきまなく密着し、重なり合っているので、全体がなまめかしい曲線を持つ一本の太い柱になっている。古代インドの石窟(せっくつ)の柱には、これに似た彫刻がきざまれていた。しかし、あれは動かぬ石の彫刻、ここのは生きてうごめく肉の彫刻である。


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