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阿势登场 一(2)
日期:2022-04-03 23:57  点击:267
 今日もおせいは、朝から念入りの身じまいをして、いそいそと出掛けて行った。
「里へ帰るのに、お化粧はいらないじゃないか」
 そんないやみが、口まで出かかるのを、格太郎はじっと(こら)えていた。此頃(このごろ)では、そうして()()いことも云わないでいる、自分自身のいじらしさに、一種の快感をさえ覚える様になっていた。
 細君が出て行って了うと、彼は所在なさに趣味を持ち出した盆栽(ぼんさい)いじりを始めるのだった。跣足(はだし)で庭へ下りて、土にまみれていると、それでもいくらか心持が楽になった。又一つには、そうして趣味に夢中になっている(さま)を装うことが、他人に対しても自分に対しても、必要なのであった。
 おひる時分になると、女中が御飯を知らせに来た。
「あのおひるの用意が出来ましたのですが、もうちっと(のち)になさいますか」
 女中さえ、遠慮勝ちにいたいたし(そう)な目で自分を見るのが、格太郎はつらかった。
「ああ、もうそんな時分かい。じゃおひるとしようか。坊やを呼んで来るといい」
 彼は虚勢(きょせい)を張って、快活らしく答えるのであった。此頃(このごろ)では、何につけても虚勢が彼の習慣になっていた。
 そういう日に限って、女中達の心づくしか、食膳(しょくぜん)にはいつもより御馳走(ごちそう)が並ぶのであった。でも格太郎はこの一月ばかりというもの、おいしい御飯をたべたことがなかった。子供の正一(しょういち)も家の冷い空気に当ると、外の餓鬼大将(がきだいしょう)(にわか)にしおしおして了うのだった。
「ママどこへ行ったの」
 彼はある答えを予期しながら、でも聞いて見ないでは安心しないのである。
「おじいちゃまの所へいらっしゃいましたの」
 女中が答えると、彼は七歳の子供に似合わぬ冷笑の様なものを浮べて、「フン」と云ったきり、御飯をかき込むのであった。子供ながら、それ以上質問を続けることは、父親に遠慮するらしく見えた。それと彼には又彼丈けの虚勢があるのだ。
「パパ、お友達を呼んで来てもいい」
 御飯がすんで了うと、正一は甘える様に父親の顔を(のぞ)き込んだ。格太郎は、それがいたいけな子供の精一杯の追従(ついしょう)の様な気がして、涙ぐましいいじらしさと、同時に自分自身に対する不快とを感じないではいられなかった。でも、彼の口をついて出た返事は、いつもの虚勢以外のものではないのだった。
「アア、呼んで来てもいいがね。おとなしく遊ぶんだよ」
 父親の許しを受けると、これも又子供の虚勢かも知れないのだが、正一は「(うれ)しい嬉しい」と叫びながら、さも快活に表の方へ飛び出して行って、間もなく三四人の遊び仲間を引っぱって来た。そして、格太郎がお膳の前で楊枝(ようじ)を使っている(ところ)へ、子供部屋の方から、もうドタンバタンという物音が聞え始めた。


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