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阿势登场 四(2)
日期:2022-04-04 01:02  点击:241
 彼女は帯を解くのをやめて、気味の悪いのを辛抱(しんぼう)しながら、(あいだ)の襖を開けて見た。すると、さっきは気づかなかった、押入れの板戸の()いていることが分った。物音はどうやらその中から聞えて来るらしく思われるのだ。
「助けて()れ、俺だ」
 幽な幽な、あるかなきかのふくみ声ではあったが、それが異様にハッキリとおせいの耳を打った。まぎれもない夫の声なのだ。
「まあ、あなた、そんな長持の中なんかに、一体どうなすったんですの」
 彼女も流石に驚いて長持の(そば)へ走り寄った。そして、掛け金をはずしながら、
「ああ、隠れん坊をなすっていたのですね。ほんとうに、つまらないいたずらをなさるものだから……でも、どうしてこれがかかって了ったのでしょうか」
 若しおせいが生れつきの悪女であるとしたなら、その本質は、人妻の身で隠し男を拵えることなどよりも、恐らくこうした、悪事を思い立つことのす()やさという様な所にあったのではあるまいか、彼女は掛け金をはずして、一寸蓋を持ち上げようとした丈けで、何を思ったのか、又元々通りグッと押えつけて、再び掛け金をかけて了った。その時、中から格太郎が、多分それが精一杯であったのだろう、併しおせいの感じでは、ごく弱々しい力で、持ち上げる手ごたえがあった。それを押しつぶす様に、彼女は蓋を閉じて了ったのだ。後に至って、無慙(むざん)な夫殺しのことを思い出す度毎(たびごと)に、最もおせいを悩ましたのは、外の何事よりも、この長持を閉じた時の、夫の弱々しい手ごたえの記憶だった。彼女にとっては、それが血みどろでもがき廻る断末魔の光景などよりは、幾層倍も恐しいものに思われたことである。
 それは()(かく)、長持を元々通りにすると、ピッシャリと板戸を閉めて、彼女は大急ぎで自分の部屋に帰った。そして、流石に着換えをする程の大胆さはなく、真青(まっさお)になって、箪笥(たんす)の前に坐ると、隣の部屋からの物音を消す為でもある様に、用もない箪笥の抽出(ひきだし)を、開けたり閉めたりするのだった。
「こんなことをして、果して自分の身が安全かしら」
 それが物狂わしいまで気に(かか)った。でも、その際ゆっくり考えて見る余裕などあろう筈もなく、ある場合には、物を思うことすら、どんなに不可能だかということを痛感しながら、立ったり坐ったりするばかりであった。とは云うものの、(あと)になって考えた所によっても、彼女のその咄嗟(とっさ)の場合の考えには、少しの粗漏(そろう)もあった訳ではなかった。掛け金は独手(ひとりで)にしまることは分っているのだし、格太郎が子供達と隠れん坊をしていて、誤って長持の中へとじ込められたであろうことも、子供達や女中共が十分証言して呉れるに相違はなく、長持の中の物音や叫声(さけびごえ)が聞えなかったという点も、広い建物のことで気づかなかったといえばそれまでなのだ。現に女中共でさえ何も知らずにいた程ではないか。



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