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犬神家族-第二章 斧.琴.菊(7)
日期:2022-05-31 23:58  点击:300
「ところで……?」
と、古館弁護士はおうむ返しにたずねる。その声には、どこか挑戦するようなおもむき
があった。
「ところで、珠世さんがもし、あの三人が三人ともきらいだったら……? それともほか
に愛人があったとしたら……? 珠世さんはあの三人のだれとも結婚したくない。といっ
て、犬神家の財産を失うのもいやだ。……と、そうなったら、珠世さんは、あの三人に死
んでもらうより、救われるみちはないじゃありませんか。そこで珠世さんはあの三人を、
順次殺していこうと決心する。そして、その準備行動として演じてみせたのが、たびかさ
なる危難です。つまりのちに事件が起こった場合、自分も犠牲者のひとりであったとよそ
おうために……」
「金田一さん」
古館弁護士は、あついかたまりでも吐き出すように、切なく、はげしく息をはずませた。
それからのど仏をぐりぐりさせながら、
「あなたは恐ろしいひとだ。どうしてそんな恐ろしい考えがあなたの頭脳にやどるのだろ
う。あなたのような仕事をしているひとは、みんなそんなに疑いぶかいのですか」
金田一耕助は悲しそうにほほえむと、首を左右にふりながら、
「いいや、ぼくは疑っているのじゃないのです。ただ、可能性を追究しているんです。こ
んな場合もありうると。……だから逆に、つぎのような場合も考えられます。珠世さんの
あの奇禍は、けっして彼女自身の見せかけでも|欺《ぎ》|瞞《まん》でもなく、だれか
がほんとに、彼女を殺そうとしているのだとして、ではその場合、だれが犯人で、なにを
たくらんでいるのか……」
「そして、そして、その場合は、だれが犯人で、なにをたくらんでいるのです」
「その場合には、佐清、佐武、佐智の三君の全部に、犯人でありうる可能性があるわけで
す。すなわち、三人のうちのだれかが、とても珠世さんをかちうる自信がない場合、その
人物はみすみす指をくわえて、他のだれかが、珠世さんと結婚するのを見送っているでし
ょうか。もし、三人のうちのだれかが珠世さんと結婚したが最後、他のふたりは、犬神家
遺産相続より完全にしめ出されてしまうわけですからね。それより、いっそ珠世さんを殺
してしまえば、いくらかでも、わけまえにあずかることができる……」
「恐ろしい、恐ろしい、恐ろしいひとだ、金田一さん、あなたは……しかし、あなたのお
っしゃることは、みんな空想にすぎんのだ。小説ででもないかぎり、人間がそんな冷血に
なりうるには……」
「いや、もうすでに冷血になっていますよ、だれかが……現に、若林君を、あんな方法で
殺しているじゃありませんか。ところで、古館さん、いまいった可能性を追究していく場
合、犯人のわくのなかに入りうるのは、佐清、佐武、佐智の三人にかぎったことはないの
ですよ。三人の両親、あるいは妹たちも、そのわくに入れることができますね。自分の息
子なり、兄なりに遺産のわけまえを与えることによって、自分も余恵にあずかるため
に。……そこで問題は、珠世さんの寝室に、蝮を放りこんだり、自動車にいたずらしたり、
あるいはボートに孔をあけたりするチャンスは、いったいだれがいちばん確実に持ってい
たかということです。古館さん、お心当たりはありませんか」
古館弁護士はギョッとしたように、金田一耕助の顔を見直したが、その顔には、みるみ
る、はげしい混乱の色がうかんでくる。
「ああ、古館さん、なにか心当たりがあると見えますね。いったい、それはだれですか」
「いいや、いいや、わたしにはわからない。あるとすればみんなだ」
「みんな……?」
「そう、ちかごろ復員してきた佐清君をのぞいてはみんなです。金田一さん、まあ、お聞
きなさい。犬神家の一族は、毎月一度、佐兵衛翁の命日に、この那須へ集まるのですよ。
なに、かれらはけっして、佐兵衛翁を追慕するのじゃない、たがいに、腹をさぐりあうた
めに、出しぬかれたくないために、毎月ここへ集まるのです。ところが、珠世さんの奇禍
はいつもかれらが集まっているときにかぎって起こるのですよ。こんどだってそうだった
し……」
金田一耕助は、思わず鋭い口笛のひとこえをあげて、がりがり、がりがりと、五本の指
で、めったやたらと頭のうえの雀の巣をかきまわしはじめた。
「古館さん、こ、こ、これは実に興味のある事件ですな。犯人がだれにしろ、そいつはけ
っして自分だけが、焦点のなかにうきあがってくるようなヘマはやらないのですね」
金田一耕助は、がりがり、がりがり、しばらく夢中で|蓬《ほう》|髪《はつ》をかき
まわしつづけていたが、やがてしだいに落ち着きをとりもどしてくると、ぬれたような眼
をして自分を見ている、古館弁護士をかえりみて、いくらかきまり悪げにほほえんだ。
「は、は、は、いや、失礼しました。これはぼくの興奮したときのくせなんでしてね。悪
く思わんでくださいよ。ところで……と、ぼくはいま、二つの場合の可能性を考えてみた
わけですね。珠世さんの奇禍が見せかけの欺瞞である場合と、そうでない場合と……、と
ころで、後者の場合だとすると、もうひとり、有力な容疑者がうかびあがってくるわけで
すがね。そいつに遺言状を読むチャンスが、あったかなかったかは別問題として……」
「だれです、それは……?」
「青沼静馬!」
あっというかすかな叫びが、くいしばった古館弁護士のくちびるからほとばしった。
「古館さん、そいつにチャンスがあったかなかったかは別として、そいつこそ、何人にも
まして、珠世さんの死をねがう、強い動機があるわけですよ。なぜならばそいつは珠世さ
んが死なないかぎり絶対に遺産相続にわりこめないわけですからね。珠世さんが、佐兵衛
翁の三人の孫を、ことごとく|袖《そで》にするかしないか、そいつの自由にはならない
のだから、もしこの遺産相続にわりこもうと思うならば、まず第一に、珠世さんを殺さな
ければならない。しかも、そのあとで佐兵衛翁の三人の孫が死んでしまえば、犬神家の全
事業、全財産のことごとくを、そいつは掌握することができるのです。古館さん!」
金田一耕助は語気をつよめた。
「青沼静馬とは何者です、佐兵衛翁といったいどんな関係があるのです。どうしてかくも
大きな恩恵をこうむることになっているのです」
古館弁護士はふかいため息をついた。それからハンケチで、ねばつく汗をぬぐうと、く
らい顔をしてうなずいた。
「青沼静馬という人物こそ、佐兵衛翁の晚年を苦しめた、苦悩と悲痛の種だったのです。
佐兵衛翁がその人物に、遺言状のなかで、大きな役割を与えたのも、けっして無理ではあ
りません。青沼静馬というのは……」
古館弁護士は少しつかえた。それからのどにからまる|痰《たん》を切ると、どもるよ
うにつぶやいた。

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