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犬神家族-第三章 凶報至る(9)
日期:2022-05-31 23:59  点击:228
「なるほど、それで、その話をするために、佐武君をここへ呼び出したわけですね」
「はあ」
「それが昨夜の十一時……?」
「あたしが部屋を出たのが、かっきり十一時でした。こんなこと、猿蔵に知れますと、ま
た、ついてくるというのにきまってます。それでは困りますので、いったん寝室へ入って、
十一時になるのを待って、こっそり抜け出してきたのでございます」
「ああ、ちょっと……」
そのとき横から、金田一耕助がはじめて言葉をはさんだ。
「そのときのことを、もう少し詳しく話していただけませんか。あなたがお部屋を出られ
たのが、かっきり十一時とすると、ここへ来られたのは、十一時二、三分過ぎということ
になりますね。そのとき、佐武君は来ていましたか」
「はあ、来ていました。そこのはしに立って、湖水を見ながら、たばこをすっていたよう
です」
「そのとき……あなたがここへあがってくるとき、あたりにだれかいませんでしたか」
「さあ。……気がつきませんでした。なにしろ昨夜はすっかりくもって、真っ暗でしたか
ら、だれかいたとしても気がつかなかったろうと思います」
「なるほど、それであなたは佐武君に時計の話をしたんですね」
「はあ」
「そしてその時計は?」
「佐武さんにお渡ししました。佐武さんはたいそう喜んで、さっそくあした、古館さんに
巻き物を持ってきてもらって、くらべてみるといっていました」
「佐武君はその時計をどうしましたか」
「チョッキのポケットに入れたようです」
佐武の死体の、首から下が見つからない現在、時計がまだ、チョッキのポケットにある
かどうかは不明である。
「それで……その話をするのに、だいたいどのくらい時間がかかりましたか」
「五分とはかからなかったと思います。あたし、こんなところでいつまでも、佐武さんと
ふたりきりでいるのいやだったものですから、できるだけ早く、話を切り上げるようにし
たのです」
「なるほど、十一時七、八分過ぎには別れたわけですね。ここを出たのは、どちらがさき
でしたか」
「あたしがさきに出ました」
「すると、佐武君ひとりここに残っていたわけですね。そのとき、佐武君はどうしていま
したか」
さあそれが……珠世の頬には、急に血の気がのぼってきた。しばらく彼女は、ハンケチ
をもみくちゃにしながら、きっと前方を見すえていたが、急におこったように、首を強く
左右にふると、
「佐武さんは、あたしに非常に失礼なふるまいをしました。あたしが別れようとすると、
にわかにおどりかかって……そのブローチがとんだのは、そのときのことだろうと思いま
す。あのとき、猿蔵が来てくれなかったらあたし、どんな恥ずかしい目にあわされたか知
れません」
署長と金田一耕助は、思わず顔を見合わせた。
「すると、猿蔵君もここへ来たのですか」
「そうです。あたしはあれにかくれて抜け出したつもりでしたが、やっぱり|嗅《か》ぎ
つけて、あとをつけてきたのです。でも、あれが来てくれてよかったと思います。でなか
ったら……」
「猿蔵君は佐武君をどうしたのですか」
「どうしたのか、あたしも詳しいことは存じません。なにぶんにも、そのとき、あたし佐
武さんに抱きすくめられて夢中になってもがいていたものですから、……それが、だしぬ
けに佐武さんがあっと叫んで、そこへ倒れたので……そうです、その椅子が倒れたのもそ
のときのことでした。佐武さんは椅子もろとも、床の上にひっくりかえったのです。そこ
でひょいと見ると、そこに猿蔵が立っていたのです。それで、あたし無我夢中で、猿蔵に
たすけられて、ここを出ていったのです。そのとき、佐武さんはまだ、床の上に膝をつい
たままなにやら口ぎたなくののしっていたようでした」
「なるほど、するとそのあとへ、犯人がやってきて、佐武君を殺し、首を斬り落としたと
いうわけですね。あなたはここを出ていくとき、だれかあたりにいるのに気がつきません
でしたか」
「いいえ、気がつきませんでした。さっきもいったとおり、あたりは真っ暗でしたし、そ
れにあたし、すっかり気持ちが動転していたものですから……」
珠世の話はだいたいこれで終わりだった。
「いや、ありがとうございました。わざわざお呼びたてして……」
署長の言葉に、
「いいえ」
と、答えて珠世は立ち上がったが、そのとき金田一耕助が横から、
「ああ、ちょっと。……」
と、呼びとめると、
「もうひとつ、……もうひとつだけ、お尋ねしたいことがあるのですが、あなたはどうい
うふうにお考えですか。あの、仮面をかぶった人物について……あれを、真実の佐清さん
だと思いますか、それとも……」
そのとたん、珠世の頬からは、さっと血の気がひいていった。彼女はしばらく耕助の顔
を、穴のあくほど見つめていたが、やがて、抑揚のない声でこういった。
「むろん、あたしはあのかたを、佐清さんだと信じています。そうですとも、佐武さんや
佐智さんの疑いは、あまり突飛でバカげています」
だが、それにもかかわらず、珠世はあの男の指紋をとるようなまねをしているのだ。
「いや、ありがとうございました。それでは……」
珠世はかるく目礼すると、展望台からおりていったが、それとほとんど入れちがいにあ
がってきたのは古館弁護士であった。
「ああ、まだ、こちらにおいででしたか。実は、松子夫人が皆さんに来ていただきたいと
いっているのですが」
「なにか特別に用事でも……?」
「はあ」
古館弁護士はちょっととまどいしたような表情で、
「例の一件のことなんですがね。ほら、あの手型……それについて、皆さんの眼のまえで
佐清君に手型をおさせたいといっているんです」

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