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犬神家族-第五章 唐櫃の中(1)
日期:2022-05-31 23:59  点击:236
第五章 唐櫃の中
手型くらべは終わった。
あの奇妙な仮面をかぶった人物は、やっぱり佐清にちがいなかったのだ。ひょっとする
と、だれか――つまり佐清以外の人物が、佐清に化けて帰ってきたのではないかという、
佐武や佐智の疑惑は、単なる空中楼閣にすぎなかったのだ。
だが、それにもかかわらず、なにかしら釈然としない空気が、その場にみなぎっている
のはなぜだろう。だれもかれも、奥歯にもののはさまったような顔色をしているのはどう
いうわけだろう。
……なるほど、ふたつの手型は同じであったかもしれない。しかし、指紋というものは、
絶対に細工ができないものか。もし、指紋に細工ができぬとしても、そこになにかしら、
?ヤとカラクリがあるのではないか。……
犬神家の一族の、悪意にみちた顔色から、そういう無言の抗議が読みとられるのは不思
議はないとしても、妙なことに母の松子夫人でさえが、なんとなく混乱しているように見
えるのはどういうわけだろう。
そこにいるひとが佐清さんにちがいない――と、藤崎鑑識課員が断言した刹那、松子夫
人の面上を、一種不可解な動揺の色が、さっと走ったのは、いったいどういうわけだろ
う。……
だが、さすがに松子夫人はしたたか者だった。すぐその動揺をおさえると、例の底意地
わるい眼つきで、ジロジロ一座を見回していたが、やがてしんねり強い口調で、
「皆さん、いまのお言葉をお聞きでございましょうね。それについて、御異存のあるかた
はございませんか。御異存がございましたら、いまここで、おっしゃっていただきとうご
ざいます」
みんな異存があったのだ。しかし、どういうように抗議してよいかわからなかったのだ。
一同が無言のままひかえていると、松子夫人はかさねて、おさえつけるように、
「なにもおっしゃらないところをみると、どなたにも御異存はないのですね。つまり、こ
のひとを佐清と、認めてくだすったのですね。署長さま。ありがとうございました。それ
では佐清……」
松子夫人のあとから、仮面の佐清も立ち上がる。すこし足もとがふらついているように
見えるのは、長いあいだ正座していたので、しびれが切れたためであろうか。
だが、このときだった。金田一耕助はふたたび見たのである。珠世がなにか言おうとし
て、口をひらきかけたのを。
金田一耕助はあなやとばかり、手に汗握り、珠世の口元を凝視する。だがこのたびも、
珠世は途中で口をつぐんで……それっきりうつむいてしまったのである。
松子夫人と佐清は、もう座敷にはいなかった。
珠世はいったい、なにを言おうとしたのか。二度までも口をひらきかけたが、そのとき
の顔色、意気込みからみて、なにかしら容易ならぬ発言を、しようとしたらしく思われる。
それだけに金田一耕助は、彼女のためらいに対して、なんともいえぬもどかしさを感じた
が、あとから思えば耕助は、このとき珠世に無理にでも、口をわらすべきだったのだ。な
ぜといって、そのとき珠世が口をひらいていたならば、犬神家の事件のなぞの、少なくと
も半分は解けていたのだから。そして、それより後に起こった犯罪を、未然にふせぐこと
ができたかもしれないのだから。
「いや、それにしても……」
犬神家のひとびとが、三々五々座敷を出ていくと、橘署長はほっとしたようにいった。
「あの仮面のひとの正体が、ハッキリしただけでも一步前進ですよ。こういう事件では、
たまねぎの皮をはぐように、ひとつひとつなぞを片づけていくよりほかに、しようがあり
ませんからね」
それはさておき、湖水からあがった佐武の死体は、その日のうちに解剖に付されて、改
めて犬神家へ下げ渡されたが、解剖の結果によると、死因は背後から胸部へかけて、さし
つらぬかれたひと突きであり、その時刻はだいたい、昨夜の十一時から十二時までのあい
だであろうということだった。
ただ、ここに注目すべきは、死因となったひと突きだが、傷口の状態からみて、凶器は
短刀ようのものであろうという鑑定である。
金田一耕助はこの報告をきいたとき、突然、なんともいえぬふかい興味をおぼえたので
ある。なぜといって、なるほど、ひとの生命を奪うには、短刀でもこと足りたかもしれな
いけれど、まさかそれで、首を斬り落とすことができたとは思えない。してみると犯人は、
短刀と首斬り道具と、ふたいろの凶器を用意していたのであろうか。
それはさておき、佐武の死体が下げ渡されたので、その夜、犬神家ではかたちばかりの
お通夜があった。犬神家は神道なので、こういう場合、万事、大山神主がとりしきるので
ある。
金田一耕助も思わぬ縁から、このお通夜につらなることになったが、その席上、大山神
主から妙なことを聞いたのである。
「金田一さん、私ゃちかごろおもしろいものを発見しましてな」
大山神主は振る舞い酒に酔うていたのにちがいない。それでなければ、金田一耕助のと
ころへ、わざわざあんな話をしに来るはずがなかった。
「おもしろいものってなんですか」
金田一耕助がたずねると、大山神主はニヤニヤしながら、
「いや、おもしろいものといっちゃなんですが、つまり故人の……佐兵衛翁の秘密ですな。
いや、秘密といったところで、これは公然の秘密みたいなもので、この土地のものなら、
だれでも知っていることですが、私ゃ、最近その確証を握ったんですよ」
「なんですか。佐兵衛翁の秘密というのは?」
金田一耕助も興味をそそられて、思わずそう聞きかえした。すると大山神主は、|脂《あ
ぶら》のいっぱい浮いた顔をいやらしいほど笑みくずしながら、
「ほら、あのことですよ。あんたはご存じないのかな。そんなことはないでしょう。佐兵
衛翁のことを語るひとなら、きっと最後にこのことを、つけ加えるはずですからね」
と、大山神主はいやに気を持たせたのちに、
「ほら、珠世さんのお祖父さんの、野々宮大弐さんと、佐兵衛翁のあいだに、|衆《しゅ》|
道《どう》の契りがあったということでさあ」
「な、な、な、なんですって」
金田一耕助は思わずそう叫んだが、すぐに気がついてあたりを見回した。しかし、さい
わいお通夜のひとびとは、みんな向こうのほうにひとかたまりになっていて、耕助のほう
に注意をはらっているものはひとりもなかった。耕助はあわてて湯飲みから茶を飲み干し
た。

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