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犬神家族-第五章 唐櫃の中(4)
日期:2022-05-31 23:59  点击:231
「はあ、それはこうだと思います。昨夜、この離れへかえってきたときは、小夜子さんと
いっしょだったので気がつきませんでしたが、あとで調べてみると、だれかが居間をかき
まわしたらしい跡が残っているのです。いいえ、別になくなったものはございませんけれ
ど。……そこで私が思いますのに、そのひとはここでなにかをさがしていた。そこへ私と
小夜子さんがかえってきたので、あわてて寝室へかくれたのではないかと思います。とこ
ろが、ご覧のとおりこの寝室は一方出口で、ほかにどこにもド?はなし、窓は全部しまっ
ているのでそれをあけると音がします。そこでしかたがなく、小夜子さんが立ち去るまで、
寝室のなかにかくれていたのではないかと思うのです」
「なるほど、そうおっしゃればつじつまが合いますが、しかし、その男はここでなにをさ
がしていたのでしょう。なにかあなたはそんな男に、ねらわれるようなものをお持ちです
か」
「さあ、それは私にもわかりませんわ。でもその男がなにをさがしていたにしろ、それは
ごく小さなものだったにちがいございません。だって指輪だの、耳輪だのそんなものしか
入らない、小引き出しまであけているんですから」
「それでいて、なにもなくなったものはないのですね」
「はい」
さて、話をもう一度もとへもどして、珠世の寝室からとび出した、|曲《くせ》|者《も
の》のその後の行動のことに移ろう。
珠世の悲鳴はさしもに広い、犬神家の屋敷じゅうにとどいたが、ここに興味のあること
は、この悲鳴のおかげで犬神家の一族は、全部?リバ?がなり立ったのである。
まず佐清だが、かれはそのとき自分の居間、すなわち松子夫人の離れにいたのである。
そのことは、松子夫人のみならず、大山神主が証明しているから、まずまちがいはあるま
い。大山神主はその夜、犬神家へ泊まることになって、松子夫人の部屋へ来て話しこんで
いたのだが、そこへあの悲鳴が聞こえてきたのである。大山神主はそのときのことについ
て、こう語っている。
「そうです。あれは十時半ごろのことでしたろうか。松子奥さまのお部屋で話しこんでお
りますと突然、女の悲鳴が聞こえたのです。私どもはびっくりして腰をうかしましたが、
するとそこへ離れのほうから、佐清さんがとんでこられて、あれは珠世さんの声だと、そ
うおっしゃると、はだしのまま、庭へとび出していかれたのです。私どもはびっくりして、
縁側までとんで出ましたが、もうそのときは佐清さんの姿は見えませんでした。なにしろ
昨夜はまっくらでしたし、それにあいにく、そのときまた、はげしい雨が落ちてきたもの
ですから……」
さて、おつぎは佐武の父の寅之助だが、かれはそのときまだ、妻の竹子とともに、息子
の|遺《い》|骸《がい》のそばでお通夜をしていたのである。そのことは妻の竹子のみ
ならず、三人の女中が証明している。女中たちはお通夜の席のあとかたづけをしていたの
である。寅之助は悲鳴を聞いても、席を立とうとはしなかった。
最後に佐智とその父の幸吉だが、かれらは悲鳴が聞こえたとき、自分の居間でそろそろ
寝ようとしていたところだった。このことは、幸吉の妻の梅子のみならず、夜具を敷きに
きた二人の女中が証明している。
佐智は悲鳴を聞くと血相かえて、母のとめるのも聞かずにとび出していった。幸吉もそ
のあとを追っかけた。
だが珠世の悲鳴をもっとも間近に聞いたのは、いうまでもなく小夜子であった。彼女は
珠世の居間を出て、母屋へ通う廊下のなかほどまで来たが、そこで悲鳴を聞くと、びっく
りしてあとへとってかえした。そして珠世の居間のまえまで来たとき、廊下の突き当たり
で、もみあうふたつの影を見たのである。
ひとりは兵隊服の男、そしてもうひとりは猿蔵だった。
「えっ、な、なんですって? すると猿蔵と兵隊服の男が、もみあっていたというんです
か」
この証言を聞いたとき、橘署長は驚いて、そう聞きかえさずにはいられなかった。無理
もない。橘署長は兵隊服の男を、猿蔵ではないかと疑っていたのだが、いまやその疑惑は
一挙にして、粉砕されてしまったのである。
「ええ、まちがいはございません。私はたしかにこの眼で見たばかりではなく、すぐその
あとで猿蔵と口をききあったくらいですもの」
小夜子はそういって念を入れた。
それはさておき、一瞬もみあっていた猿蔵と兵隊服の男は、つぎの瞬間入れちがいにな
ったと見るや、兵隊服の男はさっと廊下の外へとび出していった。廊下の突き当たりはフ
ランス窓になっており、その外はバルコニーから庭へおりられるようになっているのだ。
「あのとき、おら、そいつを追っかけようと思えば、追っかけられただが、お嬢さんのこ
とが気がかりだったもんだで……」
そのときのことを、猿蔵はそう言っている。それからまた、その夜の自分の行動につい
て、かれはつぎのように語った。
なにしろ物騒なことがつづくので、猿蔵は屋敷のなかを見回っていた。かれはお通夜を、
文字どおり朝までつづくものだと思っていたので、すでにお開きになったことを知らず、
したがって珠世が離れへかえってきたことも知らなかった。ところがそこへ聞こえてきた
のがあの悲鳴である。
「おらびっくりして、バルコニーからフランス窓へとびこんだだが、出会いがしらにぶつ
かったのが、兵隊服の男で……うんにゃ、顔は見なかっただ。なにしろ襟巻きでふかぶか
とかくしていたで……」
さて、猿蔵と小夜子が居間へとびこんで、珠世を介抱しているところへ、駆けつけてき
たのが、佐智とかれの父の幸吉だった。そこで一同が評議まちまちしているところへ、聞
こえてきたのがまたしても悲鳴であった。それはひと声高く尾をひいて、おりからの|篠
《しの》つく雨をつんざいて聞こえてきたのである。
一同はそれを聞くと、思わずぎょっと顔を見合わせた。
「男の声のようでしたわね」
珠世があえいだ。
「うん、展望台の方角でしたぜ」
佐智がおびえたように眼をとがらせてつぶやいた。
「ひょっとすると、佐清兄さんじゃないかしら」
小夜子がふるえ声でささやいたが、そのとたんはじかれたように立ちあがったのは珠世
だった。
「行ってみましょう。みんなで行ってみましょう。猿蔵、懐中電気を持ってきて……」
外は篠つく雨だった。そのなかをひとかたまりになって走っていくと、向こうから寅之
助と大山神主がやってきた。

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