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犬神家族-第六章 琴の糸(4)
日期:2022-05-31 23:59  点击:227
それは琴の糸であった。琴糸は佐智の首に三重に巻きつき、しかも皮肉にくいいって、
恐ろしい|痣《あざ》をつくっている。たまぎるような悲鳴が起こって、だれかが床に倒
れた。小夜子であった。
|傷《いた》ましき小夜子
琴の糸、ああ琴の糸。――知らせによって駆けつけてきた、那須署の連中が大騒ぎをし
て現場写真を撮っているのを、ぼんやり見守っている金田一耕助の頭には、いま、恐ろし
い想念が渦巻きはじめている。
佐武が殺されたとき、かれの首が胴から斬りはなされて菊人形の首とすげかえてあった。
当時、耕助はその意味がわからなくて苦しんだが、いまこうして、第二の死体の首に、琴
の糸がまきついているのをみると、ある恐ろしい疑いが、稲妻のようにかれの頭をさしつ
らぬくのである。
琴と菊。――それはともに犬神家の祝い言葉で、家宝となっている|斧《よき》、琴、菊
のひとつではないか。してみると、こんどの連続殺人には、犬神家の祝い言葉、――家宝
となにか関係があるのだろうか。あるのだ。あるにちがいない。佐武の場合の菊人形だけ
ならば、偶然としてすませることができたかもしれないが、こうして第二の事件に琴がか
らんできたからには、偶然というには、あまりに符節があいすぎる。
そうだ。この連続殺人は、なにかしら犬神家の嘉言、あるいは家宝に深い関係があるに
ちがいない。そして犯人は故意に、そのことを誇示しようとしているのだ。……金田一耕
助はそう考えてくると、突然、また新しい恐怖に、全身が氷のように冷えゆくのをおぼえ
た。
斧、琴、菊の三つのうち、琴と菊が使われたからには、斧もいつかは使用されるのでは
あるまいか。だが、それはいったいだれに……?
金田一耕助の網膜に、そのときありありとうかんだのは、仮面をかぶった佐清の面
影。……菊が佐武に、琴が佐智に使われたからには、のこりの斧は、のこりの一人、佐清
に使用されるのではないか。……そこまで考え及んだとき、金田一耕助は突然、全身に|
粟《あわ》|立《だ》つような恐怖をおぼえた。なぜならば、三人を殺して、いちばん利
益をうけるのが、だれであるかに思い及んだからである。
それはさておき、橘署長の命令で、写真技師の一行が椅子に縛りつけられた佐智の死体
を、あらゆる角度から撮りおわったところへ、嘱託医の楠田氏があたふたと駆けつけてき
た。
「橘さん、また、|殺《や》られたって?」
「やあ、先生、どうもいけません。こういう事件はいいかげんに、願いさげにしてもらい
たいものだが……綱をときましょうか」
「いや、ちょっと待ってください」
楠田氏は椅子に縛られた佐智の死体を、子細に調べていたが、それがおわると、
「じゃ、どうぞ綱をといてください。写真は?」
「すみました。川田君、綱を」
「あ、ちょっと待ってください」
刑事が綱をとこうとするのを、あわててとめたのは金田一耕助だった。
「署長さん、猿蔵をここへ呼んでくれませんか。綱をとくまえに、もう一度よくたしかめ
てみたいと思いますから」
刑事に呼ばれて入ってきた猿蔵は、さすがにこわばった表情だった。
「猿蔵さん、念のためにもう一度きいておきたいんだが、あんたが昨日ここへ来たときは、
佐智さんはたしかに、この椅子に縛りつけられていたというんですね」
猿蔵は陰気な表情をしてうなずいた。
「そのとき、佐智さんはたしかに生きて……?」
「へえ、そりゃあもう……」
「佐智さんはそのときなにかいいましたか」
「へえ、なにかいおうとしたようだが、なんしろ、そのとおり猿ぐつわをはめられている
だで、言葉が出なかったようで……」
「きみは猿ぐつわを、とってやろうとも、しなかったんですね」
猿蔵はムッとしたように耕助をにらんだが、すぐその眼をそらすと、
「そりゃあ、おらだってこんなことになると知ったら、猿ぐつわはおろか、綱もといてや
っただが、……なんしろそのときは、腹が立ってたまらなかったもんだで、……」
「ビンタをくらわしたというわけですか」
猿蔵は陰気な表情をしてうなずいた。さすがにそのときの自分の所業を、いまになって
後悔しているのかもしれない。
「いや、よくわかりました。それであんたが珠世さんをつれてここを出ていったのは……?」
「へえ、四時半か、かれこれ五時にちかかったかもしれません。あたりが暗くなっていま
したから」
「なるほど、すると、四時半から五時ごろまでのあいだには、佐智さんはまだ生きていた
ということになりますね。まさかあんたが行きがけの|駄《だ》|賃《ちん》とばかりに、|
殺《や》ったんじゃ……」
「と、とんでもない。おらただぶん殴ってやっただけのことなんで……」
猿蔵がムキになって抗弁するのを、金田一耕助はおだやかになだめると、
「それじゃ最後にもうひとつ尋ねるがね、あんたが立ち去ったときの佐智さんの体の状態
だが、たしかにこのとおりにちがいなかったかね。綱の結び目やなんか……」
「さあ。……そばへよって調べたわけじゃねえだで、結び目まではわからねえが、だいた
いそういう格好だっただよ」
「ああ、そう、ありがとう。向こうへ行っていいよ。用事があればまた呼ぶから……署長
さん、ちょっと見てください」
猿蔵が立ち去るのを待って、金田一耕助は橘署長のほうをふりかえった。
「綱をとくまえに、よく見ておいていただきたいのですがね。佐智君の上半身には、ほら、
このとおり、いちめんにかすり傷がついていますよ。あきらかにこれは綱のためにできた
かすり傷ですね。これだけかすり傷ができるためには、綱は相当ゆるんでいなければなら
んはずだのに、このいましめはこのとおり……」
金田一耕助は佐智をしばりあげた綱のあいだに、むりやりに指をおしこみながら、
「指一本さしこむことさえむずかしいほど、ガッチリと、小ゆるぎもなく、佐智君の体に
食いいっているのですよ。これはどういうわけでしょう」
橘署長は不思議そうに眼を見はった。
「金田一さん、そ、それはどういう意味かな」
「どういう意味か、……それをぼくも考えているんです」

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