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八墓村-第一章 尋ね人(10)
日期:2022-05-31 23:59  点击:238

そのひと──年齢はたぶん三十をいくらか出ているのだろう。肌の白くてきめの細かいことは上質の練り絹を見るようであった。面長な、どちらかといえば古風な顔立ちなのだが、それでいて古臭い感じはどこにもなく近代的な才気がピチピチと躍動しているのは、うちにある知性のせいであろう。髪をアップにした襟えり足あしの色気はこぼるるばかりで、その夜彼女は和服を着ていたのだが、きものの線の美しさときたら、こういうのを小こ股またの切れあがった女というのではなかろうかと、私はそぞろに妖あやしく心の乱れるのを覚えたくらいであった。

「あっはっは、驚いた、驚いたね、寺田君、驚いたでしょう。こういう変わり種がいるんだから、八つ墓村も馬鹿にはならない。これでこのひと、旦那さんをなくしてね、つまり陽気な寡か婦ふというわけで、目下よい候補者を物色中なんだから、向こうへ行ったら君なんかもねらわれるくちかもしれないぜ、あっはっは……」

酒がまわるにつれて、諏訪弁護士は上きげんで、そんな冗談をいったりした。そのたびに世なれない私は、かあーッと熱くなったり、かと思うと、急にガタガタふるえ出しそうなほども、身内が冷たくなったりするのであった。

「まあ、いやあね。初対面のかたに失礼じゃありませんか。あなた、ごめんなさい、このひとったら酔うととても口が軽くなっちまうんですもの」

「諏訪さんとは以前から御懇意なんですか」

「ええ、遠い縁つづきになっておりますの。八つ墓村から都会へ出るひとって、あまりたくさんないでしょう。だもんですからついウマが合って……そうそう、あたしも焼け出されるまで東京にいたんですのよ」

「だけど美也さん、きみはいったいいつまであんな牛くさい田舎にくすぶってるのさ。きみみたいな人が田舎にいるということは、田舎自体迷惑だし、都会だってきみみたいな麗人を失っちゃ寂しいよ」

「だから、東京にいい家が建つようになったら引きあげるといってるじゃありませんか。あたしだってあんな田舎に骨を埋めるつもりはありませんから御安心ください」

「そりゃそうだろうが、少し落ち着きはらい過ぎるよ。もう何年になるかな。終戦の年からだから、足かけ四年か。きみみたいな人が四年もよくあんなところでしんぼうできたものだ。八つ墓村になにか惹ひきつけられるようなものでもあるのかい」

「馬鹿なことおっしゃい。それよりあたし、寺田さんにお話があるのよ」

美也子はピシリときめつけるように諏訪弁護士を押さえると、私のほうへ向きなおって美しくほほえんだ。

「寺田さん、あたしあなたをお迎えにまいりましたのよ。御存じでしょう?」

「はあ……」

「お祖父さま、お気の毒でした。こんなことになると知ったら、はじめからあたしがお迎えにくればよかったのですね。田舎のひとって、村では大きな口をたたいていても、外へ出るとからきし意気地がないんですものね。それであなたの大伯母さま、小梅さまと小竹さまに頼まれて、丑松さんのあと始末かたがた、あなたをお迎えにまいりましたの。二、三日うちに立とうと思いますけれど、ごいっしょしてくださいますわね」

「はあ……」

私の体はまた熱くなったり冷たくなったりしたことだ。

ああ、こうして私の灰色の人生にたらされた朱の色はとめどもなくひろがり、ひろがり、ひろがっていく。……


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