入ってきたのは小梅様と小竹様であった。小梅様だか小竹様だか、例によって、私にはわからないのだが、双生児のひとりが古風な雪ぼん洞ぼりをかかげていた。その雪洞のほのかな光が、ふたりの姿を、闇のなかにぼんやりとうきあがらせる。
小梅様も小竹様も、黒っぽいおそろいの道行きを着て、手首に水晶の数じゅ珠ずをかけている。そして、さらにおかしなことにはふたりとも杖つえをついているのである。
ふたりは足音をしのばせて、そっと私の枕元にしのびよると、雪洞をかかげて中腰になり、上から、私の顔をのぞきこんだ。あわてて私が瞼を閉じたことはいうまでもない。
「よう寝てるえなあ」
ふたごのひとりがつぶやいた。
「さっきの薬がきいたんえなあ。ほ、ほ、ほ」
ふたごのもうひとりが、ひくい声でわらった。
「小竹さん、あれ、見や、ひどい汗……」
「つかれてるんえ。息遣いがあらいわえな」
「ほんにかわいそうに、いろいろな目におうて……」
「でも、このぶんなら大丈夫えなあ。なかなか眼が覚めそうもないで」
「そうそう、そんなら、この間に、ちょっとお参りしてこよ。今日は、月こそかわれ、仏の命日じゃでな」
「そんなら小梅さん」
「小竹さん」
「はよ行こ」
小梅様と小竹様は、雪洞をかかげてすりあしで、座敷から縁側へ出ると、外からしずかに障子をしめた。
そのとたん、私のかなしばりは完全に解けた。私はがばと、寝床の上に起きなおった。
ああ、夢か……?
いいや、夢ではない、小梅様と小竹様はまわりの縁をまわって、便所のほうへ行く。ふたりの步くにつれて、雪洞の灯が、ふたつの小さな老婆の影を、障子の上に移動させていくのである。
私の寝ている十二畳の座敷のうらには、八畳ばかりの板の間の部屋がある。納なん戸どともいうべき部屋で、古い葛籠つ づ らや長なが持もち、鎧櫃よろいびつ、ほかにその昔、この家の主人が出入りに使ったらしい古風なお駕か籠ごなどが押し込んである。小梅様と小竹様の入っていったのは、その納戸らしかったが、そのとき、私は思わずギョッと呼吸をのんだのである。
私のいる十二畳の座敷の床脇の壁に、般はん若にゃと猩々しょうじょうの面がかかっていることはまえにもいったが、ふたりの老婆が納戸へ入っていくと同時に、般若の眼から、かすかな光がもれてきたのだ。その光は、ろうそくのまたたくように、ゆらゆらゆれて、明るくなったり、暗くなったりする。私はしばらく、茫ぼう然ぜんとしてその光を見つめていたが、やがて、しだいに次のようなことが明瞭めいりょうになってきた。
すなわち、般若の面のうしろの壁に、小さな孔があいていて、双生児のひとりのかかげている雪洞の灯影が、その孔をとおして漏れているのだ。そして、そのことは同時に、さっき私の眼覚めたとき、室内にただよっていた、不思議な微光のいわれを、説明することになりはしないか。すなわちあの光は、納戸についていた灯が、般若の眼をとおして、この部屋にながれこんでいたのではあるまいか。そしてその光がふっと消えたということはこの座敷へしのびこんでいた人物が、納戸のほうへ逃げたということになりはしないか。
私の胸はあやしく躍り、心臓の鼓動が、早鐘をつくようにゴトゴト鳴った。私は寝床からとび起きると、そっとちがい棚だなのほうへしのびよったが、そのとたん、納戸のなかで、ガタンとなにか、ふたをするような音がしたかと思うと、いままで明滅していた般若の眼のかがやきが、ふうっと消えてしまったのである。そして、それきり納戸のなかに人の気配はなくなった。
私は何かしら、名状することができぬスリルをおぼえた。
双生児の小梅様と小竹様は、私に毒を盛ったのではなかったのだ。私にのませたのは眠り薬であったのだ。つまり、小梅様と小竹様はあの不思議な納戸入りを、だれにも知られたくないために、私を眠らせておこうとしたのだ。しかし、小梅様と小竹様は、真夜中に、納戸になんの用事があるのだろう。
私はそっと電気をつけた。それから座敷をすべり出て、床の間のうらにある納戸へ入った。納戸のなかはまっくらだったが、私の予期していたとおり、ちがい棚のうらにある壁の一角から座敷にともした電気の灯影が一道の光となってもれている。
「伯母さま。──伯母さま──」
私はこごえで呼んでみた。むろん、返事を期待したわけではない。ただ、試みに呼んでみたのだ。案の定、返事はなかった。そこで私は思いきって、納戸についている電気のスイッチをひねってみた。果たして、小梅様と小竹様の姿はそこになかった。
この納戸には、いま私が入ってきた、便所のまえの杉戸のくぐりよりほかに、絶対に出入り口はないのである。北側に小さな窓があるけれど、それにも格こう子しがはまっており、おまけに厳重に戸がしまっている。戸にはなかから枢くるるがおりていた。
私はまた、なんともいえぬ大きなスリルが全身をつらぬいて走るのをおぼえた。
この納戸にはどこかに抜け孔あながあるのだ。それはもう疑う余地もない。姉の春代が、離れ座敷にいだいた疑惑も、平吉という山方の男がおびやかされた闖入者ちんにゅうしゃも、すべてそこに秘密の抜け孔があるということによって、合理的に説明される。
そうだ、わかった。平吉という男は、離れの十二畳に寝泊まりをしているあいだ、しじゅう、だれかに見すえられているような気がするといったそうだが、すなわちそれは、秘密の抜け孔から納戸へしのびこんだ闖入者が、座敷へ行くまえに、こっそり、般若の面ののぞき孔から、様子をうかがっていたのにちがいない。