私はそっと、光の漏れている壁のそばへちかよった。そこには小さな鏡がかかっていたが、その鏡を外すと果たしてその背後には丸い孔があらわれた。その孔に眼をあてると、十二畳の座敷が、ひと眼で見渡せたのだ。
だれがどうして、このようなのぞき孔を用意したのか、それはいずれゆっくり考えることにして、それよりまえに、私は抜け孔のありかをさがさねばならなかった。私は改めて納戸のなかを見渡した。
納戸の壁際には、黒い鉄の縁取りをした、古風な箪たん笥すが三棹さお、葛籠つ づ らが五つ六つ、片すみの台の上には、黒塗りの鎧櫃、天井には網あ代じろ駕か籠ごがつるしてある。しかし私の眼をいちばん強くひきつけたのは、それらの道具ではなく、納戸のほぼ中央においてある大きな長持だった。さっききいた、バタンとふたをするような物音が、私に長持を連想させたのだ。長持のかけがねはこわれて、がくんと斜めに外れていた。
私は長持のふたをあけてみる。なかには絹夜具が二、三枚。この夜具をとりのけようとしたとき、足の下からバタバタとあわただしい足音がきこえた。
私はギョッと呼吸をのんだ。小梅様と小竹様がかえってきたのであるまいか。
私はあわてて電気を消すと、座敷へもどり、そこの電気も消して寝床のなかへもぐりこんだ。と、ほとんど同時に納戸のほうで長持のふたのひらく音がした。そして、般若の面のまなこから、ポーッとほのかな光がさした。
雪洞をかかげた小梅様と小竹様が、私の座敷へ入ってきたのは、それから間もなくのことだった。私はあわてて眼を閉じる。小梅様と小竹様は、雪洞をかかげて、私の顔をのぞきこんだ。
「それ御覧、辰弥はこのとおりよく寝てござる。納戸に灯がついていたなんて、小竹さん、それはあんたの思いちがいじゃがな」
「ほんに。私としたことが。……さっき、あんまりびっくりしたもんで」
「それえなあ。あんたは今夜、変なことばかりいいなさる。だれがあの抜け孔のなかにいるものかな。仏のほかには……」
「いえいえ、あれはまちがいはござんせん。雪洞の灯が消えて、ふたりがまごまごしているあいだに、たしかにだれかが、わたしのそばをすりぬけて……」
「まだ、それをいいなさるかえ。まあ、ええわいの。辰弥が眼を覚ますと悪いで、向こうへ行て、ゆっくり話をしましょ」
小梅様と小竹様は、杖をついてコトコトと長廊下づたいに、母屋のほうへかえっていった。
私にはそれらの情景が、まるでこの世のほかの情景のようにしか思われなかったのだ。