「被害者は昼食を食堂で済ましてから部屋に帰ったというのだな。ウン、それでお前は何か鉄砲の音のようなものを聞かなかったか」
「そういえば、お昼過ぎ、何だか大きな音がした様にも思いますが、何分直ぐ裏の山で始終鉄砲の音がしているものですから、別に気にも止めませんでした」
「この机の上の銃は――火繩銃のようだが、これはどうしたのだ。被害者の物か」
そう言い乍ら、警部はその火繩銃を取り上げ銃口を鼻に近づけたが、思わず呟いた。
「フン、まだ煙硝の匂が残っている」
「アア、それでございますか、それはこの方の弟様ので――」
ホテルの主人が横から口をはさんだ。
「弟?」
「ハイ、二郎様と仰有いまして、矢張り手前共にお泊りで、只今お留守でございますが、母屋の方にお部屋がございます」
「じゃ、あれは? あの銃は?」
警部はなかば向きを換て、寝台の上を指さした。そこには、最新式の連発銃が、やっと手の届く程の高さの所に懸っていた。迂濶な話だが、私はそれ迄ちっともそれに気がつかなかった。
「あれは兄様のでございまして、あれで毎日裏山へ猟においででございました」
その時、死体から離れて窓の外を眺めていた刑事が、何を見出したのか、
「アッ、これだ」
と叫んだ。私もその声に釣られて、刑事の背後から窓の下を見ると、昨日の雨で湿った余り広くもない庭に下駄の跡がクッキリ印されていた。それを見極めた刑事は、さも我意を得たという風に、警部の方に向って、一席弁じだした。
「犯行の経路は至極簡単のようです。つまり、犯人は被害者の昼寝の習慣を知っていて、丁度被害者が寝就いた頃、この窓の外へ忍び寄り、静かにこの窓を開けてその火繩銃で狙撃したのです。そして銃を机の上に置いたまま逃走したという訳でしょう。ですから、被害者の日常生活をよく知っている者を調べ上げたら、犯人は直知れるだろうと思います」
その時、廊下にバタバタと惶しい足音がして一人の青年が飛び込んで来た。二郎だ。這入って来るなり寝台の上の兄の死体の方に目を馳せたが、その顔は恐怖のあまりひどく硬張っていた。私はなぜか、二郎の姿を見ると急に動悸がはげしくなって来た。来てはいけない所へその人がやって来た様に思ったからだ。凡ての状況が、一人の人に向って、お前が犯人だ、と指しているではないか。火繩銃は二郎のものだし、窓の外の足跡は下駄の跡だが、今目の前にいる二郎は和服を着ている。それに、彼等兄弟の家庭内のごたごたを私はよく知っていた。
「これは、いったい、どうしたのです」
肩で息をし乍ら、這入って来るなり二郎は誰にともなく呶鳴った。
「君が二郎君だね」
刑事が鋭い口調で訊ねた。
「そうです」
二郎はそこに居並んだ、緊張し切た人々の顔を見ると、一層顔を青くして、震え声で答えた。
「じゃ、これは、この火繩銃はあなたのでしょうね」
刑事は机の上の猟銃を示して聞いた。それを見ると、二郎はハッと驚いたらしかったが、でも平然と答えた。
「そうです。しかし、それがどうかしたのですか」
刑事はそれにかまわず畳みかけた。
「今迄あなたはどこへ行っていたのです」
この質問に二郎は一寸詰ったが、やっと小さな声で呟くように言った。
「それは申上げられません。又申し上げる必要もないと思います」
「失礼ですが、あなた方は真実の御兄弟でしょうね」
そう言った刑事の顔には、皮肉な微笑が泛んでいた。
「いいえ、そうじゃないんです」
それから猶いろいろの訊問があったり、警察医の検死があったり、部屋の内と外の現場調べがあったりしたが、その揚句、二郎は遂に其場から拘引される事になった。
その夕方、橘と私とは同じホテルの一室で互に向い合っていた。死体の後始末や何かの為め私達はホテルに残っていたのだ。
「君は暫く姿が見えなかったが、何所かへ行っていたのかい?」
先ず私が口を切た。日頃探偵狂の橘が、こんな事件にぶッつかって安閑としている筈がない。永い間姿を隠していたのは、その間に何か真相を発く手掛を掴んだのか、或は証拠がための為めに奔走していたに違いないと思ったので、私は橘の探偵談を聞き度くて、話をその方に向けてみたのだ。とは言うものの、私は真面目に橘の名探偵振りを拝聴しようと思ったのではなく、こんな極まりきった殺人事件を、探偵狂の橘がどう勿体つけて説明するか、それが実は聞き度かったのである。すると、橘は突然大きな口を開けて、
「アッハハハハハ」
と笑い出した。
私は何が何やらさっぱり分らず、狐につままれた形でボンヤリ橘の顔を眺めていた。ひょっとしたら林の急死で、頭がどうかなったのではあるまいかと私は疑ってみた。
「田舎の刑事にしては、素早く立ち廻ってよく調べている様だったが、この事件は、詮穿好きの田舎探偵には少し簡単すぎる様だ。そうだ、全く単純過ぎる位単純な事件なんだ――」
橘が猶も語り続けようとした時、ボーイに案内されて今噂していた、その橘の所謂田舎探偵がヒョッコリやって来た。
「先程は失礼、一寸お訊ねし度い事がありましてね」
探偵が挨拶した。
「イヤ、如何です、二郎君は自白しましたか」
私が斯う聞くと、刑事は嫌な顔をして、
「それをあなた方に言う必要はありません」
と空嘯いた。
「それじゃ、何の用で来たのです」
「あの時の模様を、もう一度詳しく聞き度いと思うのです」
刑事がそう言って私に詰寄ると、傍から橘が片頬に皮肉な、又得意そうな得態の知れぬ笑いを泛べて刑事に報いた。
「詳しくお調べになる必要はないでしょう」
この侮蔑したような言葉は、明かに刑事を怒らせた。
「ナニッ? 調べる必要がないとは何です。僕は職権をもって調べに来たのだ」
「御調べになるのは御自由ですが、僕はその必要がないと思うのです」
「なぜ?」
「あなたはどうお考えか知りませんが、この事件は犯罪ではないのです。従って犯人もなく、犯行を調べる必要もないんです」
この橘の意外な言葉に、刑事も私も飛び上るばかり驚いた。
「犯罪でない? フン、じゃ君は自殺だと言うんだね」
刑事の言葉には、この若造が何を生意気な、という侮蔑の響が籠っていた。
「イヤ、勿論自殺じゃありません」
「それじゃ過失死とでも言うのかね」
「そうでもないんです」
「アッハッハハハハハ、これは面白い。他殺でもなく自殺でもなく、又過失死でもないか。じゃあいったいあの男はどうして死んだのだね。真逆、君は――」
「イヤ、僕はただ犯罪でないと言ったまでです。他殺でないとは言いません」
「わからないね、僕には――」
口ではそう言ったものの、刑事の顔にはまだ橘を揶揄する様な皮肉な微笑が泛んでいた。その刑事の顔色を見た橘は、グッと癪にさわったらしく、鋭く刑事を睨みつけて言った。
火繩銃(2)
日期:2022-08-08 23:58 点击:241






