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火繩銃(2)
日期:2022-08-08 23:58  点击:241

「被害者は昼食を食堂で済ましてから部屋に帰ったというのだな。ウン、それでお前は何か鉄砲の音のようなものを聞かなかったか」
「そういえば、お昼過ぎ、何だか大きな音がした様にも思いますが、何分(なにぶん)直ぐ裏の山で始終鉄砲の音がしているものですから、別に気にも止めませんでした」
「この机の上の銃は――火繩銃のようだが、これはどうしたのだ。被害者の物か」
 そう言い(なが)ら、警部はその火繩銃を取り上げ銃口を鼻に近づけたが、思わず(つぶや)いた。
「フン、まだ煙硝(えんしょう)(におい)が残っている」
「アア、それでございますか、それはこの方の弟様ので――」
 ホテルの主人が横から口をはさんだ。
「弟?」
「ハイ、二郎様と仰有(おっしゃ)いまして、矢張り手前共にお泊りで、只今お留守でございますが、母屋の方にお部屋がございます」
「じゃ、あれは? あの銃は?」
 警部はなかば向きを(かえ)て、寝台の上を指さした。そこには、最新式の連発銃が、やっと手の届く程の高さの所に(かか)っていた。迂濶(うかつ)な話だが、私はそれ(まで)ちっともそれに気がつかなかった。
「あれは兄様のでございまして、あれで毎日裏山へ猟においででございました」
 その時、死体から離れて窓の外を眺めていた刑事が、何を見出したのか、
「アッ、これだ」
 と叫んだ。私もその声に釣られて、刑事の背後から窓の下を見ると、昨日の雨で湿った余り広くもない庭に下駄(げた)の跡がクッキリ(しる)されていた。それを見極(みきわ)めた刑事は、さも(わが)意を得たという風に、警部の方に向って、一席弁じだした。
「犯行の経路は至極簡単のようです。つまり、犯人は被害者の昼寝の習慣を知っていて、丁度被害者が寝就(ねつ)いた頃、この窓の外へ忍び寄り、静かにこの窓を開けてその火繩銃で狙撃したのです。そして銃を机の上に置いたまま逃走したという訳でしょう。ですから、被害者の日常生活をよく知っている者を調べ上げたら、犯人は(すぐ)知れるだろうと思います」
 その時、廊下にバタバタと惶しい足音がして一人の青年が飛び込んで来た。二郎だ。這入って来るなり寝台の上の兄の死体の方に目を馳せたが、その顔は恐怖のあまりひどく硬張(こわば)っていた。私はなぜか、二郎の姿を見ると急に動悸(どうき)がはげしくなって来た。来てはいけない所へその人がやって来た様に思ったからだ。凡ての状況が、一人の人に向って、お前が犯人だ、と指しているではないか。火繩銃は二郎のものだし、窓の外の足跡は下駄の跡だが、今目の前にいる二郎は和服を着ている。それに、彼等兄弟の家庭内のごたごたを私はよく知っていた。
「これは、いったい、どうしたのです」
 肩で息をし乍ら、這入って来るなり二郎は誰にともなく呶鳴った。
「君が二郎君だね」
 刑事が鋭い口調で(たず)ねた。
「そうです」
 二郎はそこに居並んだ、緊張し(きっ)た人々の顔を見ると、一層顔を青くして、震え声で答えた。
「じゃ、これは、この火繩銃はあなたのでしょうね」
 刑事は机の上の猟銃を示して聞いた。それを見ると、二郎はハッと驚いたらしかったが、でも平然と答えた。
「そうです。しかし、それがどうかしたのですか」
 刑事はそれにかまわず(たた)みかけた。
「今迄あなたはどこへ行っていたのです」
 この質問に二郎は一寸(ちょっと)詰ったが、やっと小さな声で呟くように言った。
「それは申上げられません。又申し上げる必要もないと思います」
「失礼ですが、あなた方は真実の御兄弟でしょうね」
 そう言った刑事の顔には、皮肉な微笑が(うか)んでいた。
「いいえ、そうじゃないんです」
 それから(なお)いろいろの訊問があったり、警察医の検死があったり、部屋の内と外の現場調べがあったりしたが、その揚句(あげく)、二郎は遂に其場(そのば)から拘引(こういん)される事になった。

 その夕方、橘と私とは同じホテルの一室で(たがい)に向い合っていた。死体の後始末や何かの為め私達はホテルに残っていたのだ。
「君は暫く姿が見えなかったが、何所かへ行っていたのかい?」
 先ず私が口を切た。日頃探偵狂の橘が、こんな事件にぶッつかって安閑(あんかん)としている筈がない。永い間姿を隠していたのは、その間に何か真相を(あば)手掛(てがかり)(つか)んだのか、(あるい)は証拠がための為めに奔走(ほんそう)していたに違いないと思ったので、私は橘の探偵談を聞き()くて、話をその方に向けてみたのだ。とは言うものの、私は真面目に橘の名探偵振りを拝聴しようと思ったのではなく、こんな()まりきった殺人事件を、探偵狂の橘がどう勿体(もったい)つけて説明するか、それが実は聞き度かったのである。すると、橘は突然大きな口を開けて、
「アッハハハハハ」
 と笑い出した。
 私は何が何やらさっぱり分らず、狐につままれた形でボンヤリ橘の顔を眺めていた。ひょっとしたら林の急死で、頭がどうかなったのではあるまいかと私は疑ってみた。
「田舎の刑事にしては、素早く立ち廻ってよく調べている様だったが、この事件は、詮穿(せんさく)好きの田舎探偵には少し簡単すぎる様だ。そうだ、全く単純過ぎる位単純な事件なんだ――」
 橘が(なお)も語り続けようとした時、ボーイに案内されて今(うわさ)していた、その橘の所謂(いわゆる)田舎探偵がヒョッコリやって来た。
「先程は失礼、一寸お訊ねし度い事がありましてね」
 探偵が挨拶(あいさつ)した。
「イヤ、如何(いかが)です、二郎君は自白しましたか」
 私が()う聞くと、刑事は嫌な顔をして、
「それをあなた方に言う必要はありません」
 と空嘯(そらうそぶ)いた。
「それじゃ、何の用で来たのです」
「あの時の模様を、もう一度詳しく聞き度いと思うのです」
 刑事がそう言って私に詰寄ると、(そば)から橘が片頬に皮肉な、又得意そうな得態(えたい)の知れぬ笑いを(うか)べて刑事に報いた。
「詳しくお調べになる必要はないでしょう」
 この侮蔑(ぶべつ)したような言葉は、明かに刑事を怒らせた。
「ナニッ? 調べる必要がないとは何です。僕は職権をもって調べに来たのだ」
「御調べになるのは御自由ですが、僕はその必要がないと思うのです」
「なぜ?」
「あなたはどうお考えか知りませんが、この事件は犯罪ではないのです。従って犯人もなく、犯行を調べる必要もないんです」
 この橘の意外な言葉に、刑事も私も飛び上るばかり驚いた。
「犯罪でない? フン、じゃ君は自殺だと言うんだね」
 刑事の言葉には、この若造が何を生意気な、という侮蔑の(ひびき)(こも)っていた。
「イヤ、勿論自殺じゃありません」
「それじゃ過失死とでも言うのかね」
「そうでもないんです」
「アッハッハハハハハ、これは面白い。他殺でもなく自殺でもなく、又過失死でもないか。じゃあいったいあの男はどうして死んだのだね。真逆(まさか)、君は――」
「イヤ、僕はただ犯罪でないと言ったまでです。他殺でないとは言いません」
「わからないね、僕には――」
 口ではそう言ったものの、刑事の顔にはまだ橘を揶揄(やゆ)する様な皮肉な微笑が泛んでいた。その刑事の顔色を見た橘は、グッと(しゃく)にさわったらしく、鋭く刑事を(にら)みつけて言った。


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