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白と黒
日期:2022-08-09 10:59  点击:351

白と黒


 ゆうべ一晩雪が降って、今日はからりと晴れた日曜日です。
 一太郎君は朝から近所の広っぱで、たくさんのお友だちといっしょに、大きな雪だるまをつくって遊びましたが、その帰りがけ、同級生の北川君と二人で、高橋さんのお家の前を通りかかりますと、門の中から二人を呼びとめる声がきこえました。
 見ると、大学生の高橋さんが、両手に一枚ずつ、雑記帳ほどの大きさの紙を持って、門の中の雪の上にしゃがんでいるのです。
「高橋さん、お早う。何しているの」
 一太郎君はたずねながら、北川君といっしょに門の中へはいって行きました。
「まあ、見ていてごらん」
 高橋さんは何かわけのありそうな笑い方をして、一太郎君の顔をながめました。なんだかおもしろいことがはじまりそうです。
 二人は高橋さんのそばまで近づいて、だまって見ていますと、高橋さんは地面の雪の上に、二枚の紙をていねいにならべました。一枚は真白な洋紙、もう一枚は黒々と墨をぬった洋紙です。まるで白と黒との大きな膏薬(こうやく)でもはったように見えます。
「さあ、これでよしと。君たち、僕がなぜこんなことをしたのかわかるかい。おもしろい実験なんだよ。何の実験だろうね。一つあててごらん」
 高橋さんは立上って、二人の顔を見くらべながら言うのです。
 一太郎君と北川君は、おたがいに目を見合せて、しばらく考えていましたが、さっぱりわけがわかりません。雪の上に白と黒との膏薬をはって、いったい何の実験をしようというのでしょう。高橋さんはいつでも、一太郎君たちがまるで思いもつかないような、ふしぎなことを考え出す人です。
 二人がいつまでたっても返事をしないものですから、高橋さんは笑い出しました。
「ハハハハハ、わからないかい。よしよし、それじゃ二時間ほどしてから、また、ここへ来てごらん。その時にすっかりわけを聞かせて上げるからね。そして、ちょっと君たちの智恵だめしをして上げるよ。いいかい。今から二時間ほどしてね」
 高橋さんはそう言って、お家の中へはいって行きました。二人の少年は「じゃ、きっと」と約束して、門を出ましたが、二時間がまちどおしくて仕方がありません。めいめいのお家へ帰ってからも、時計ばかり見ていましたが、やがて約束の時間が来ますと、二人はさそい合って、高橋さんのお家へ行きました。
「やあ、約束を忘れないで、やって来たね」
 高橋さんは門の外に待ちかまえていて、二人に声をかけました。
「ところで、さっきの実験を見せる前に、君たちにたずねたいことがある。智恵だめしだよ。君たちは、僕が雪の上に白と黒と二枚の紙をおいたのを見たね。そして、その紙の上に日があたっていたのをおぼえているだろうね」
「ええ、日があたっていました」
 一太郎君はそれを思い出して答えました。
「すると、二時間のうちに、どんなことがおこっただろうね。何か変ったことがおこっているはずなんだがね」
 二人は、また目を見合わせて考えましたが、「あ、わかった」というようにうなずき合いました。
「太陽に照らされて、雪がとけたのでしょう。つもっている雪がうすくなったのでしょう」
「うん、そうだ。けさは十五センチもつもっていた雪が、今はかって見ると、十センチほどになっている。太陽がそれだけ雪をとかしたのだ。さあ、そこで君たちにたずねるがね、さっき僕がならべておいた白い紙と黒い紙の下の雪は、どうなっているだろう。両方とも同じようにとけているだろうか、それとも、どちらかの方がよけいにとけているだろうか。一つ考えてごらん。これは理科の問題だよ。よく考えてこたえてごらん」
 二人はしばらく考えていましたが、最初に口をひらいたのは北川少年でした。
「僕、白い紙の下が、黒い紙の下よりも、よけいにとけていると思います」
「ほほう、白の方がよけいにとけて、雪が少くなっているというのだね。それはなぜだね」
「それはね、白い色はあたたかくて、黒い色はつめたいからです。つめたい黒い紙の下は、とけるのがおそいでしょう」
「うーん、なるほどね。それじゃ一太郎君はどう考える? 君も白い紙の下が、よけいにとけていると思うのかい」
「僕はそうじゃないと思います」
 一太郎君はちょっと顔を赤らめて、答えました。うまい考がうかんで、それを言い出す時には、いつも顔が赤くなるのです。
「僕は黒い紙の下の方が、よけいにとけていると思います」
「なぜだね」
「黒い紙の下の方があたたかいからです」
「ほう、北川君とまるであべこべの考え方だね。それじゃ、なぜ黒の下があたたかいか、そのわけを言ってごらん」
「僕、いつかお父さんに教わったことを、ふと思い出したんです。南洋の住民はみな白い着物を着ていますね。インド人もそうですね。あつい国の人がなぜ白い着物を着るのか、僕、ふしぎに思ったものだから、お父さんにたずねたことがあるんです。
 すると、お父さんは、同じ布でできていても、白い着物は涼しくて、黒い色の着物はあついのだと教えてくれました。ですから、あつい国の人は白い着物を着るし、寒い国の人は黒っぽい着物を着るんですって。水兵さんや、おまわりさんの服が、夏は白くて、冬は黒いのもそのためなんですって。
 僕、その話を思い出したんです。だから、白い紙の下は涼しくて、黒い紙の下はあたたかいだろうと思ったのです。あたたかければ、雪はよけいにとけるわけですからね」
「うん、おもしろいことを考えついたね。よし、それじゃ、どちらがあたっているか、さっきの紙の下をしらべてみよう」
 高橋さんは、そこでやっと、二人に門の中へはいることをゆるしました。見ると、白と黒の洋紙はもとの場所に行儀よくならんでいます。ところが、その高さが少しちがっているのです。黒い方がひくく、白い紙の方が高く、二枚の紙の間に段ができていました。
「いいかい、こちらが黒、こちらが白だよ」
 高橋さんはそう言って、二枚の紙をはがし、そのあとの雪の高さを二人に見せました。やっぱり黒い紙の下が、ほんの少しですが、ひくくなっているのです。
「一太郎君の答があたったね。このとおり黒い紙の下の方がよけいに雪がとけている。同じあつさの紙でも、黒と白とでは、これだけ雪のとけ方がちがうのだよ」
 高橋さんは二人によくそれを見せておいてから、そのわけを説明して聞かせました。
「君たちは学校でプリズムを見せてもらったことがあるだろう。ガラスの三角柱で、あれを通して太陽の光をわけてみると、赤や黄や青や紫や、いろいろな色が、虹のように縞になって見えるね。
 太陽の光は白く見えているけれども、その光の中には、プリズムで見るような、さまざまの色がふくまれているのだよ。電燈の光や蝋燭の光も、太陽とは少しちがうが、やっぱりいろいろな色をふくんでいる。
 さて、そこで、ちょっとそのへんを見まわしてごらん。我々のまわりには、実にいろいろな色のものがあるね。木の葉は緑色だ。むこうの西洋館は青くぬってある。雪は真白だ、板べいは真黒だ。君たちの頬っぺたは林檎のように赤くつやつやしている。
 こういういろいろな物の色は、いったい何だろう。それはやっぱり太陽の光なんだよ。太陽の光が物にあたって、それが僕たちの目にはねかえって来るのだよ。
 物によって太陽の光を吸いこんだり、はねかえしたりするやり方がちがうのだ。そのちがいが、さまざまの色になって、僕たちの目に入るのだよ。白く見えるものは、太陽の光にふくまれているいろいろな色を全部はねかえす。どの色も吸いこまない。だから太陽と似た白い色に見えるのだ。
 むこうに見える西洋館には、青いペンキがぬってある。青いペンキはなぜ青く見えるか。それは太陽に光にふくまれている色のうち、青だけをはねかえして、ほかの色をみんな吸いこんでしまうからだ。
 黄色でも赤でもそのとおり、太陽の光の中から黄色だけをはねかえすものが、黄色に見え、赤だけをはねかえものが赤く見える。赤と黄とまじったものは、ほかの色は吸いこんで、赤と黄だけはねかえす、というわけなんだよ。
 太陽の色を全部吸いこんでしまって、ちっともはねかえさないものがある。そういうものは色がない。つまり真黒に見える。あの板べいでも、さっきの黒い紙でも、たいへん慾ばり屋で、どの色もみんな吸いとって、一つもはねかえそうとはしないのだ。だから、われわれの目に真黒く見えるのだよ。
 黒が慾ばりならば、白はまた、ひどくあっさりしているんだね。どの色もいりませんといって、一つも吸いとらないで、みんなはねかえしてしまう。
 ところで、光にはふつうあつさがともなう。光とあつさとはいっしょにやって来る。だから、色をすっかり吸いとる黒は、あつさも吸いとる。色をみんなはねかえす白は、あつさもはねかえす。
 僕たちが黒いかべの前に立つと、何だか寒い感じがするね。黒は光もあつさも吸いとってしまうからだ。白いかべの前に立つと、あたたかい感じがする。白は光もあつさも、僕たちの方へはねかえしてくるからだ。
 だから、北川君は、そのあたたかい感じの白い紙の下の雪が、早くとけると考えたんだね。まちがいだけれども、もっともなまちがいだよ。大人だって北川君と同じように考える人も多いのだからね。
 だが、それは外からの感じで、うちがわはあべこべなんだよ。黒いものは光もあつさも吸いとってはなさないから、そのうちがわはあたたかい。白いものは光もあつさもはねかえしてしまうから、そのうちがわは寒い。だから、夏は白い着物が涼しく、冬は黒い着物があたたかいというわけだよ。
 白い紙と黒い紙も同じことで、上から見てあたたかそうな白い紙の下は、あべこべにつめたく、寒そうな黒い紙の下は、かえってあたたかい。だから、黒い紙の下の雪が、早くとけたのだよ。
 一太郎君は、それをうまく言いあてたわけだね」
 高橋さんは長い説明をおわると、ニコニコしながら、両手を二人の少年の肩にあてて、やさしく言うのでした。
「さあ、今日の理科はこれでおしまい。この次はまた、なにかおもしろい実験を考えておこうね」
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