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馬を殺したからす
日期:2022-09-01 23:23  点击:300

北きたの海うみの方ほうにすんでいたかもめは、ふとして思おもいたって南みなみの方ほうへと飛とんできました。途中とちゅうでにぎやかな街まちが下したの方ほうにあるのを見みました。そこにはおほりがあって、水みずがなみなみと青あおく、あふれるばかりでありましたから、しばらくそこへ下おりて暮くらしました。
この街まちは、この国くにの一番ばんの都みやこでありまして、人々ひとびとはそのほりの中なかにすんでいる魚うおを捕とることができなく、また下おりている鳥とりを撃うつことができないおきてでありましたから、かもめには、このうえなく都合つごうがよく、暮くらしいいところでありました。
ほりの中なかにいる魚うおは、それは北きたの海うみにいる魚うおの味あじとは較くらべものになりません。どろ臭くさくて骨ほねが堅かとうございましたけれど、容易よういに捕とることができましたので、荒波あらなみの上うえで、仕事しごとするように骨ほねをおらなくてすんだのであります。
かもめは、もうずっと南みなみの方ほうへいくという考かんがえは捨すててしまいました。だいいち、人間にんげんというものが、ここにいても、すこしも怖おそろしくありませんので、水みずもそのわりあいに暖あたたかであるし、その年としの冬ふゆは、この街まちの中なかで暮くらそうと考かんがえました。
かもめは、さまざまな街まちのにぎやかな光景こうけいや、できごとなどを見守みまもりました。そして、こんなおもしろいところがこの世界せかいにあるということを、ほかの鳥とりらはまだ知しらないだろう。よく、よく、この有あり様さまを記憶きおくしておいて、彼かれらに教おしえてやらなければならないなどと空想くうそうしました。
寒さむい冬ふゆが過すぎて、春はるになると、ほりばたの柳やなぎが芽めをふきました。そして、桜さくらの花はなが美うつくしく咲さきました。このころが、都みやこもいちばんにぎやかな時分じぶんとみえて、去年きょねんの秋あき以来いらい見みなかった景気けいきでございました。
うかうかとしているうちに、春はるも過すぎてしまいました。子供こどもらがそれでも隠かくれてこのほりにときどき釣つりなどにやってくる夏なつとなりました。いままで、かもめはなんの不足ふそくもなく、また考かんがえることもなく暮くらしてきましたが、このころからようやく考かんがえはじめました。それは、ほりの水みずの中なかにすんでいたかもめは、ふたたび青あおい、青あおい、海うみが恋こいしくなったからです。風かぜが強つよく吹ふいて、波なみが岩角いわかどに白しろく、雪ゆきとなってはね上あがり、地平線ちへいせんが黒くろくうねうねとして見みえる海うみが恋こいしくなりました。
かもめは、北きたの方ほうの故郷こきょうに帰かえろうと心こころにきめました。そして、その名残なごりにこの街まちの中なかの光景こうけいをできるだけよく見みておこうと思おもいました。ある太陽たいようの輝かがやく、よく晴はれた日ひの午前ごぜんのことでありました。白しろいかもめは、都みやこの空そらを一ひとまわりいたしました。すると、大おおきな木きのこんもりとした社やしろの境内けいだいを下したにながめました。子供こどもらが豆まめを買かって、地面じめんの上うえに群むらがっているはとに投なげやっていました。
かもめはそれを見みると、まったく驚おどろきました。都みやこというところは不思議ふしぎなところだ。ここにさえいれば、遊あそんでいても暮くらしていくことができるのだ思おもいました。
ついに、このかもめは、北きたをさして長ながい旅たびに上のぼりました。彼かれは、去年きょねんきた時分じぶんのことなどを思おもい出だしていろいろの感慨かんがいにふけりました。高山こうざんを一つ越こえて、もうやがて向むこうに海うみが見みえようとするころでありました。かもめは、一羽わのからすに出であいました。
からすはカーカーとなきながら、やはり里さとの方ほうをさして飛とんでゆくところでありました。おしゃべりのからすはすぐ、自分じぶんの上うえを飛とんでゆくかもめを見みつけて、声こえをかけずにいられませんでした。
「かもめさん、かもめさん、たいへんにお疲つかれのようだが、どこへいっておいでになりました。」と、からすは問といました。
すると、かもめは、急いそぐ翼つばさをゆるくして、からすとしばらくの間あいだ道連みちづれになりました。
「私わたしは二、三日にち前まえに、ずっと南みなみの都みやこから出立しゅったつしました。去年きょねんの冬ふゆはにぎやかな都みやこで送おくりました。もう夏なつになって、北きたの海うみが恋こいしくなったので帰かえるところですよ。」と、かもめは答こたえました。
「それは、いいことをなさいましたね。私わたしなどは、いつもこんなさびしい田舎いなかにばかり日ひを暮くらしています。いつになったら、そんなところへいってみられるかわかりません。」と、からすは歎息たんそくいたしました。
「なんのいけないことがあるもんですか、あなたの心こころがけですよ。幾日いくにちも、幾日いくにちも、南みなみをさしてゆけば、しぜんにいかれますよ。」と、かもめはいいました。
「たとえ、そこへいっても、どうして食たべていけるかわかりません。石いしを投なげつけられたり、みんなに目めの敵かたきにされていじめられるばかりです。」と、からすは身みの不運ふうんを歎なげきました。
かもめは、都みやこでは、はとがみんなにかわいがられて、子供こどもらから豆まめをもらって、平和へいわにその日ひを遊あそび暮くらしていることを話はなしました。
「どうしてほかの鳥とりは、みんなそう幸福こうふくなのでしょう。」と、からすはうらやみました。
するとかもめは、からすをなぐさめて、いいますのには、
「からすさん、私わたしの見みたはとの中なかには、ちょうどあなたのように、色いろの真まっ黒くろく見みえるのがありましたよ。だから、あなたも知しらぬ顔かおをして、その仲間入なかまいりをしていられたら、だれも不思議ふしぎに思おもうものはありますまい。ひとつ都みやこにいって、大胆だいたんにそうなさってはいかがですか。」と、かもめはいいました。
「そうですか、ひとつ考かんがえてみましょう。」と、からすは答こたえました。
やがて、かもめとからすとは、別わかれてしまいました。かもめは海うみの方ほうにゆき、からすは里さとの方ほうにゆきました。かもめは、いつしか、昔むかしと同おなじ生活せいかつをしましたけれど、からすは里さとへいっても、あまりおもしろいことはありませんでした。いつか、かもめから聞きいたことを思おもい出だして、
「都みやこへいって、はとの仲間入なかまいりをすれば、なにもせんで楽らくに暮くらしていける。」と、考かんがえましたので、ついにその気きになって、南みなみに向むかって旅立たびだつことにいたしました。
からすは、かもめのように空そらを高たかく、また速はやく飛とぶことはできませんでした。それでも幾日いくにちかかかって、にぎやかな都みやこに到着とうちゃくいたしました。
「なるほど、にぎやかなきれいなところだ。いつも、お祭まつり騒さわぎをしているところだ。」と、思おもいました。
からすは、さっそく、社やしろの境内けいだいへ飛とんでゆきました。するといままで、見慣みなれない鳥とりが近ちかくにやってきたので、気きの弱よわいはとは、一時じに騒さわぎたてました。からすは、これは困こまったと思おもいました。見みるとかもめのいったように、黒くろっぽい色いろのはともいました。これはだんだん彼かれらに馴なれていかなければならぬと、初はじめは離はなれたところで、からすは地面じめんに降おりて餌えを探さがしていました。
しかし、いくら同おなじように黒くろっぽくても、からすとはととは、ちょっと見みてもよくわかります。子供こどもらは、からすを見みつけると、石いしを拾ひろっていっせいに投なげつけました。
いろいろのことを思おもって、茫然ぼうぜんとしていましたからすは、不意ふいに石いしが飛とんできたので、びっくりして立たち上あがりました。そして、木きの枝えだに止とまって下したをながめますと、子供こどもらは、なお自分じぶんを目めがけて石いしを投なげるのであります。
からすはしかたなく、その社やしろの境内けいだいから逃にげ出だしました。けれど、どこへいっても、自分じぶんを仲間なかまに入いれてくれるはとの群むれはありませんでした。そして、人間にんげんに見みつけられると憎にくまれ、また追おわれました。ちょうどそのことは里さとにいたときも同おなじことです。むしろかえって、都みやこのほうがいっそうひどいように思おもわれました。
からすは、はとの仲間入なかまいりすることは断念だんねんしましたが、都みやこの空そらは煙けむりでいつも濁にごっていて、それに、餌えを探さがすようなごみためがいたって少すくないので、そこにいる間あいだは餓うえを忍しのんでいなければなりませんでした。からすは、この都みやこがちっとも自分じぶんにとって、いいところではありませんでした。
「こんなことになるのも、みんなかもめのいったことを信しんじたからだ。」と、彼かれは、かもめをうらみました。
しかたなしにからすは、ふたたび、自分じぶんの産うまれた里さとを指さして帰かえってゆきました。こんなことがあってから、このからすは、ひとをおだてたり、うそをいって困こまらせたりすることを喜よろこぶようになりました。それもまったくかもめの言葉ことばを信しんじて、とんだめにあった復讐ふくしゅうを他たに向むかってしたのでございます。
ある日ひ、からすは田たの上うえや、圃はたけの上うえを飛とんで田舎路いなかみちをきかかりますと、並木なみきに牛うしがつながれていました。その体からだは黒くろと白しろの斑ぶちでありました。そして、脊せに重おもい荷にをしょっていました。これを見みると、さっそく、からすはその木きの枝えだに止とまりました。そして、下したを見みおろしながら、
「牛うしさん、牛うしさん、主人しゅじんはどこへいった。」と聞ききました。
牛うしは、穏おだやかな大おおきな目めをみはって、遠方えんぽうの日ひの光ひかりに照てらされて暑あつそうな景色けしきを見みていましたが、からすが頭あたまの上うえでこう問といますと、
「俺おれの主人しゅじんは、あちらの茶屋ちゃやで昼寝ひるねをしているのだ。」と答こたえました。
これを聞きくとからすは、
「なんて人間にんげんというやつは自分じぶんかってなんだ。おまえさんなぞは、人間にんげんの幾倍いくばいとなく力ちからが強つよいじゃないか。なぜこんな綱つななんか断たち切きってしまって、山やまの中なかへ逃にげていかないのだね。山やまの中なかへ入はいりゃ、草くさもあるし、水みずもあるし、木きの実みもあるし、遊あそんでいて楽らくに暮くらしてゆけるじゃないか。そして、獣物けものの王おうさまにならないともかぎらないじゃないか。」と、おだてました。
牛うしは黙だまって、からすのいうことを聞きいていましたが、なんとなくそれを信しんじることができませんでした。
「いったい、そんなことができるだろうか。」といいました。
「なんでできないことがあるものか、おまえさんたちは臆病おくびょうなんだ。」と、からすはいいました。
「先祖代々せんぞだいだいから、まだそんな乱暴らんぼうなことをしたものを聞きかない。」と、牛うしは答こたえました。
「やればできたんだが、みなおまえさんのような弱虫よわむしばかりだ。」と、からすはいいました。
人ひとのいい牛うしも、ついに腹はらを立たてずにはいられませんでした。
「小ちいさな癖くせに、なまいきをいうな。」と、上うえを向むいて太ふとい鼻息はないきを吹ふきかけますと、からすはびっくりして、
「ばか、ばか。」と、悪口あっこうをいって逃にげ去さってしまいました。
からすは、ついに牛うしをおだてそこないました。そして野のや、圃はたけの上うえを飛とんできますと、今度こんどは一ぴきの馬うまが並木なみきにつながれていました。その馬うまは脊せいの高たかい、まだ年若としわかい赤毛あかげの馬うまであります。からすはさっそく、その木きのいちばん下したの枝えだに止とまりました。馬うまは、足あしもとの草くさを食たべていました。
「お馬うまさん、お馬うまさん、あなたがほんとうにかけ出だしたら、どんなに疾はやいでしょうね。私わたしはあなたのようなりっぱなお馬うまさんが、こうして綱つなで縛しばられているのが不思議ふしぎでならないのですよ。なぜこんなところにまごまごして、朝あさから晩ばんまで重おもい荷にをしょわされていなければならないんですか。」と、からすがいいました。
「おまえはだれかと思おもったらからすか、よく俺おれの足あしが疾はやいことを知しっているな。ほんとうにかけ出だしたら、どんなものでも追おいつけるものでない。けれど逃にげ出だしたって、いきどころがないじゃないか、それとも、どこかいいところがあるというのか。」と、若わかい馬うまは問とい返かえしました。
「それはありますよ。だれも束縛そくばくするようなもののいない、そして、暗くらい夜よるというようなものもない、まったく自由じゆうで、一日にち明あかるい昼ひるばかりのよい国くにがありますよ。」
「それは、いったいどこだ。」
「それですか、西にしの紅あかい夕焼ゆうやけのする国くにです。毎日まいにち、あなたはその方ほうを見みるでしょう。いつもその方ほうを見みると、愉快ゆかいにはなりませんか。」と、からすはいいました。
「愉快ゆかいになるよ。俺おれは夕焼ゆうやけの方ほうを見みるのが大好だいすきだ。けれど、そんないい国くにがあるなどとは知しらなかった。おまえは、ほんとうにいって見みてきたのか。」
「私わたしは、太陽たいようの近ちかくまでいって見みてきました。」と、からすはいいました。
「太陽たいようの近ちかくへ? 真紅まっかだろうな。しかしおまえは翼つばさがあるからゆける、俺おれには翼つばさがない。」と、馬うまは悲かなしそうに答こたえました。
「そのかわり、疾はやい脚あしがあるじゃありませんか。どんなところでも、あなたなら飛とび越こせないことはありません。」と、からすはいいました。
「たいていのところなら飛とび越こせるつもりだ。」と、馬うまは答こたえて、しばらく考かんがえていました。
からすは、今度こんどはうまくやったなと、高たかいところへ飛とんでいって、じっと馬うまのすることを見みていました。すると、馬うまは不意ふいにはねだしました。そして脊中せなかに積つんであった荷物にもつをみんな落おとして、綱つなを切きり放はなって、野のとなく林はやしとなくかけてゆきました。からすは、馬うまがしまいにどうするか空そらを飛とんで従ついてゆきました。馬うまはついに林はやしや、野のや、おかを越こえて、海うみの辺ほとりに出でてしまいました。日ひはようやく暮くれかかって、海うみのかなたは紅あかく、夕焼ゆうやけがしていました。馬うまはじっとその方ほうを見みて、かなたの国くににあこがれながらも、どうすることもできませんでした。
「やってみろ! おまえならこの海うみを飛とび越こせるだろう。」と、このとき、空そらでからすがいいました。
馬うまは、ほんとうにそうかと思おもいました。そして、一思ひとおもいに海うみを飛とび越こそうとはね上あがりました。けれど、二間けんとは飛とべず、海うみの中なかに落おちて死しんでしまいました。これを見みたからすは、
「あほう、あほう。」といいながら、飛とんでいってしまいました。
その年としの暮くれ、大雪おおゆきが降ふって寒さむい晩ばんに、からすは一つの厩うまやを見みつけて、その戸口とぐちにきて、うす暗ぐらい内うちをうかがい、一夜やの宿やどを求もとめようと入はいりました。するとそこには白しろと黒くろのぶちの肥ふとった牛うしがねていました。
「おまえは、いつかのからすじゃないか。あのとき、おまえのおだてにのって山やまの中なかへ入はいってみろ、この大雪おおゆきに、どうして安やすらかにねることができるか。おまえのようなうそつきには、宿やどを貸かしてやることはできない。」と、牛うしは追おいたてました。
からすは、大雪おおゆきの中なかをあてもなく、そこから立たち去さったのであります。

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