一本の銀の針(3)
日期:2022-09-01 23:23 点击:293
三
真っ白な帆が、でき上がって、それが船に張られたのです。そして、ある朝、若者は、妹や、おじいさんに見送られて、この海岸から沖をさして船出したのであります。
だんだん沖へ、沖へ出ると、そこはものすごい景色でありました。白い波は、いままで自分たちばかりの遊び狂うところだと思っていたのに、真っ白な帆をかけた船が、中へ割り込んできたものだから、びっくりしました。
「この世界は、おれたちの世界だ。それだのに、おれたちよりもっと白い大きなものが、頭の上を平気で踏んでゆくとはけしからん。」といって、波は騒ぎたてました。
いくら波が騒いでも、昔、海の王さまといわれた、おじいさんの孫の乗っている船は平気でありました。波の上を越して、もっと沖へ、沖へとこいでゆきました。
「あちらの島に着いて、金色の卵、夜になるとおもしろい唄をうたう貝を拾ってきて、妹への土産にしよう。自分がこの航海を無事に終えたら、もうりっぱな船乗りだ。いつか、海の王さまの後継ぎだという評判がたつであろう。」と、若者は、そう思わずにいられなかったのです。
波は、いくら騒いでも、どうすることもできませんでした。そのとき、空を風が通りかかった。波は、日ごろはあまり仲はよくなかったけれど、こんなときは味方になってもらおうと思いましたから、風を呼び止めて、
「あんな小さい船のぶんざいで、私たちの世界をかってに乗りまわすなんて生意気じゃありませんか。沈めてしまおうと思うんですが、私たちの力ばかりではだめですから、ひとつ助けてください。」と頼みました。
風は、そういって頼まれると、いやだとはいえなかった。それに、自分がひとあばれしてみたいと思っていたやさきでありましたから、
「よろしい、大いにあばれてみましょう!」と、ただちに受け合うと、もう、高く怒り声をたて、白い帆を張った小船に向かってぶつかりました。小船は、木の葉のように波の上でほんろうされていました。
若者は、おじいさんもかつて、こうしためにあって、それに戦ってきたことを思いました。またお父さんは、やはりこんなめにあって、船がこわれて沈んでしまったのであろうと考えました。彼は、いまこそ自分の力を試すときだと思って、力いっぱい風と波とに戦ったのであります。
しかし、風の助けを得て、波はますます高くなりました。そして、白い帆の上を越すようになりました。
若者は、せっかくここまできながら、望みの島に着くこともできず、空しく海底のもくずになってしまうのかと残念がりました。また岩の上に降りていたたくさんの白い鳥は、波に足場をさらわれてしまって、あらしの叫ぶ空の中で、しきりに悲しんで鳴いていました。そのうちに、日が暮れてしまった。
夜になっても、風は、静まりませんでした。波は、はやく船を沈めてしまわなければならぬと、四方から打ち寄せてきました。若者は、おじいさんのことを思い、また妹のことを思い出しました。
おじいさんの造ってくださった帆は、この風にも裂けませんでした。若者は、どこへなりと風の吹く方向へ押し流されてゆこうと、運命に身を委せてしまったのです。
あたかも、暗い雲を破って月が照らしました。月は、海の上をくまなく、ほんのりと明るくしました。そのとき、白い帆の端で、異様な輝きを放ったものがあります。船の中で頭を抱えていた若者には、それがわからなかったけれど、目ざとい風はすぐにそれを見つけました。妹が、兄さんの無事を祈るために、盲目のおばあさんからもらった銀の針を、だれも気のつかないところに刺しておいた、それに月が映ったのであります。
風は、その光を見てびっくりしました。その光の中に、あの怖ろしい盲目のおばあさんが、じっとしてすわっていたからでした。
盲目で、白髪のおばあさんは、北極の氷の上にいるおばあさんです。波でも、風でも、おばあさんの住んでいる国へいったものは、おばあさんの機嫌しだいで、すぐにも息の音を止められたり、また凍らせられたりするのでした。
あらしは、おばあさんを見ると、ぴたりとやんで、こそこそとどこへか逃げてゆきました。波もまた静かになってしまいました。こうして、若者は無事に島を探検して帰ると、はたして、みんなから、第二の海の王さまと呼ばれたのでした。
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