あらしの前の木と鳥の会話(4)
日期:2022-09-19 06:00 点击:276
四
子供は、いちばん、街の中のにぎやかなところにきかかりました。
彼は、小さな手に持っている胡弓を弾いて、風から習った、悲しげな唄をうたいはじめました。すると、通る人々は、みんな不思議な顔つきをして、子供を見送りました。
そこには、きれいなカフェーがありました。多くの若い女が、顔に、真っ白に白粉を塗って、唇には、真っ赤に、紅をつけていました。そこで、やはり、その女たちも、いい声で、唄をうたっていましたが、子供が、風から習った、悲しい唄をうたってきかかりますと、みんなが黙ってしまいました。
子供は、カフェーをのぞきました。ここなら唄をうたったら、お銭をくれるであろうと思ったからです。円いテーブルが幾つもおいてありました。その一つのテーブルに、男が、酒に酔っていい気持ちでいました。対い合って腰をかけている、白粉を塗った女も、すこしは酔っていました。テーブルの上には、ビールのびんが、港の船のほばしらのように並んでいます。男は、ガブ、ガブ、みんなそれを飲んだものと思われました。
女の声で、なにかいったようですが、それは子供の耳に、よく入りませんでした。それよりも、子供は、二人が、酒を飲んでいる、すぐそばに、かやの若木が、鉢に植わって、しかもその根が、真っ白に乾いているのを見ました。
ビールを、ガブ、ガブ、飲むかわりに、一杯の水を、かやの根もとにやればいいのにと、子供は、思ったのです。
「この木に、水をやらんと枯れてしまうよ。」と、子供はいいました。
すると、酒に酔っている男は、怒りました。
「なに、いらんことをいうのだ。さっさといってしまえ!」といって、小さなコップに残っていた、ウイスキーを子供の顔に、かけました。子供は、目から、火が出たかと思いました。
子供は、その日の暮れ方、涙ぐんだ目つきをして、ふもとの林の中へ帰ってきました。小舎の中には、父親が待っていました。
子供は、この日、街で見てきたいっさいを父親に向かって話しました。
古い大きなひのきの木は身震いをしました。
「いま、子供のいったことを聞いたか。」と、年とった大たかに向かっていいました。
「人間は、すこしいい気になりすぎている! ちっと怖ろしいめにあわせてやれ。」と、たかは、怒りに燃えました。
「俺たちは、今夜、あらしを呼んで、街を襲撃しよう。」と、ひのきの木は、どなりました。
「私たちの力で、ひとたまりもなく、人間の街をもみくだいてやろう。」と、たかは叫びました。
たかは、黒雲に、伝令すべく、夕闇の空に翔け上りました。古いひのきは雨と風を呼ぶためにあらゆる大きな枝、小さな枝を、落日後の空にざわつきたてたのであります。
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