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ある冬の晩のこと
日期:2022-09-19 06:05  点击:395
 
 橋はしのそばに、一人ひとりのみすぼらしいふうをした女おんなが、冷つめたい大地だいちの上うえへむしろを敷しいて、その上うえにすわり、粗末そまつな三味線しゃみせんを抱かかえて唄うたをうたっていました。
あちらにともっている街燈がいとうの光ひかりが、わずかに、寒さむい風かぜの吹ふく中なかを漂ただよってきて、この髪かみのほつれた、哀あわれな女おんなを、闇やみのうちに、ほんのりと浮うき出だすように照てらしているばかりなので、顔かおもはっきりとわからなかったが、どうやら女おんなは両方りょうほうの目めとも見みえなかったようです。
多おおくの人々ひとびとは、いろいろの運命うんめいに支配しはいされるのでした。だれも、自分じぶんの未来みらいについてわからなければ、また、他人たにんの生活せいかつについても、わかるものでありません。ただ、この哀あわれな女おんなが、ひとりぼっちになって、この橋はしのたもとにすわって三味線しゃみせんを弾ひき、前まえを通とおる知しらぬ人ひとたちに、同情どうじょうをこわなければならぬまでには、少すくなからぬ苦労くろうをしてきたことと思おもわれるのでした。
病気びょうきのために、働はたらこうと思おもっても、思おもうように働はたらけなかったこともあろうし、また、いくら働はたらいても、働はたらいても、親兄弟おやきょうだいの世話せわをしなければならぬために貧乏びんぼうから脱のがれられなかったり、その間あいだにどういう複雑ふくざつな事情じじょうがあったことかしれません。もし私わたしたちが、そういう世よの中なかの不幸ふこうな人ひとにあって、話はなしを聞きいてみたら、たいていの場合ばあいは、その人ひとに対たいして、同情どうじょうをせずにはいられなかったでありましょう。
とはいうものの、人間にんげんは、たいていの場合ばあい、自分じぶんのことばかり考かんがえているものでした。そして、ここを通とおる人ひとたちも、多おおくは、この哀あわれな女おんなのことを深ふかく気きにとめるものはなかったのでした。
「おお寒さむい、早はやく家うちへ帰かえろう。」といって、てんで道みちのそばに、そんな女おんながすわって、三味線しゃみせんを弾ひいているということなどに気きをとめないものもありました。
また、中なかには、見みても見みぬふりをしてゆく紳士しんしもありました。その紳士しんしは、良心りょうしんがあったから、心こころのうちでは、こうした不幸ふこうの人間にんげんをかわいそうだと思おもわないではなかった。しかし、ずんずんその前まえを通とおり過すぎてしまったのです。
「あ、もしもし、二銭せんでも、三銭せんでも、投なげてやったら、どうだ?」と風かぜが、後あとを追おいかけていって、紳士しんしの耳みみにささやきました。
すると、紳士しんしは、ちょっと立たち止どまったが、そして頭あたまを傾かたむけたが、自分じぶんの弱気よわきのせいだというように考かんがえて、
「おれは、三味線しゃみせんの音ねを聞きかないようにして、耳みみを押おさえて通とおったはずだ……。」と、こう申もうしわけをしていってしまいました。こんど、風かぜは、そこに立たっていた、やさしそうな女おんなの耳みみにささやきました。
「さっきから、ここに立たって、三味線しゃみせんを聞きいているではないか、おあしを投なげておやんなさい。」
女おんなは、急きゅうに、あたりを見みまわしました。そして、だれに向むかっていうとなく、
「わたしは、ほかのことを考かんがえていたのよ、あの三味線しゃみせんの音ねも、唄うたも、耳みみに入いれてはいやあしなかったわ。」と弁解べんかいして、さっさと立たち去さってしまいました。
こんどは星ほしが、先刻さっきから、感心かんしんして、唄うたを聞きいている、商人しょうにんふうの男おとこに、
「いくらでもいいから、お金かねをやったらどうだ……さっきから、感心かんしんしておまえさんは聞きいているではないか。」といいました。
男おとこは、はじめて自分じぶんが、そこに立たっていることに気きづいたというふうに、
「どうして、あの女おんなは目めがつぶれたのだろうな。こうして歌うたっていたって、いくらにもなるまい。俺おれはあいにく家うちに財布さいふを忘わすれてきた……。」と、その男おとこも、自分じぶんの良心りょうしんをごまかしていってしまった。
さすがに、無情むじょうの吹ふく風かぜですら、人間にんげんの心こころのあさましさにあきれてしまったように、さも腹はらだたしげに、強つよく強つよく吹ふいて、道みちの上うえの砂塵さじんをまいて人間にんげんを困こまらしてやろうとしました。空そらの星ほしは、なにもかもじっと見みて知しっているといわぬばかりに輝かがやいていました。
いつしか、夜よは、更ふけていきました。人通ひとどおりがだんだん少すくなくなりました。哀あわれな女おんなの弾ひく三味線しゃみせんの音ねは、風かぜに吹ふき消けされて、唄うたをうたっている声こえは、空むなしく星晴ほしばれのした空そらの下したにかすれていました。女おんなは、そろそろ帰かえるしたくにとりかかったのです。そして、軽かるい財布さいふを握にぎって、つくづくと悲かなしくなりました。
「私わたしは目めが見みえないのです。だから、ほかにする仕事しごとも見みつかりません。こうして、未熟みじゅくな三味線しゃみせんを弾ひいて、人ひとさまに聞きかして、いくらかなりとお金かねをもらおうと思おもうのでありますが、だれも、見返みかえるものがない。考かんがえれば、それがほんとうなのかもしれません。しかし、私わたしは、この世よの中なかの情なさけある人ひとさまの救すくいにすがらなければ、この身みでどうして暮くらしてゆくことができましょう……。」と、見みえない目めで空そらを仰あおぎながら、訴うったえたのでした。寒さむい風かぜに吹ふかれながら、彼女かのじょは、とぼとぼと暗くらい道みちを、三味線しゃみせんを抱かかえて帰かえってゆきました。町まちの中なかは、だいぶ静しずまってしまった。このとき、道みちの傍はたから、小ちいさな足音あしおとがして、少女しょうじょが走はしり出でました。
「おばさん、おばさん。」といって、彼女かのじょを呼よび止とめるのでした。彼女かのじょは、いろいろのことを頭あたまの中なかに考かんがえていたが、その声こえを聞ききつけると、自分じぶんを呼よんでいるのだなと思おもって、立たち止どまったのであります。
「どなたですか。」と、彼女かのじょは見みえない目めをその方ほうに向むけました。少女しょうじょの声こえには、聞きき覚おぼえがなかったのでありました。
「おばさん、わたしは困こまっています。お母かあさんは、家うちに病気びょうきでねているのです。わたしは、まだ昼ひるのご飯はんも食たべません。どうか、わたしに、おあしをくださいな。」と、頼たのみました。
彼女かのじょは、これを聞きくと、当惑とうわくせずにはいられなかったのでした。自分じぶんはどうしたら、いいだろう? なぜこの子こは、自分じぶんのような、貧まずしい困こまっているものに訴うったえたのだろうか。ほかのお金かねのありそうな人ひとに、頼たのんでくれればよかったものをと思おもいました。がまた、彼女かのじょはこの世よの中なかに、困こまっているものは、ひとり、自分じぶんばかりじゃない。こうして、まだ年としのいかない子供こどもが、この寒冬かんとうの下したにふるえていると思おもうと、つれなく、断ことわることができなかったのです。
「まあ、それはかわいそうに。私わたしも、もう日ひが暮くれて困こまっているのですよ。ここに、これんばかりしかお金かねがありません、少すくないがこれだけ、あなたにあげましょう。」と、哀あわれな女おんなは、軽かるい財布さいふを振ふって、少女しょうじょにいくらかお金かねを与あたえたものでした。少女しょうじょはそれを手てに受うけると、
「おばさん、ありがとう、おばさん、ご恩おんは忘わすれませんよ。わたしの力ちからでできることなら、おばさんになんでもいたします……。」といいました。
「あんたは、まだ、小ちいさいから、なんにもしてくださらなくてもよいのです、さあ、早はやく、お家うちへお帰かえりなさい。そして、よくお母かあさんの看病かんびょうをして、おあげなさい。」と、彼女かのじょは答こたえた。
いつしか少女しょうじょは、どこかへ去さってしまい、彼女かのじょは、さびしい道みちを歩あるいてゆきました。
翌日よくじつの晩ばんも、彼女かのじょは橋はしのほとりにすわって三味線しゃみせんを弾ひき、唄うたをうたっていました。美うつくしいふうをした女おんなや、男おとこは道みちばたに、こうして、哀あわれな女おんなが、救すくいを求もとめているということを、見向みむきもせずに、さっさとゆきすぎてしまったのです。女おんなはこれに対たいしてだれをうらむこともできませんでした。
ちょうど、このとき、どこからか、青あおい色いろの着物きものを着きた、少女しょうじょが、女おんなの前まえへやってきました。
「おばさん、昨日きのうはありがとうございました。おかげさまで、お母かあさんは、だいぶいいのです。それで今夜こんやはわたしが、お礼れいにまいりました。わたしが、ここで踊おどりますから、おばさんは唄うたをうたってください……。」といって、少女しょうじょは、女おんなの弾ひく三味線しゃみせんに合あわせて、みごとに踊おどったのであります。
彼女かのじょは、昨夜さくやのことを思おもい出だしました。目めに見みることはできなかったけれども、それは、たしかにあのときの少女しょうじょでありました。そして、すべてが気魄きはくに感かんぜられると、どうしてこんなに踊おどりが上手じょうずだろうかと不思議ふしぎでならなかったのでした。
通とおる人ひとたちは、みんな足あしを止とめて、少女しょうじょの踊おどりをながめました。
「まあかわいいこと。」
「よく小ちいさいのに、こんなに踊おどれるものだ。」と口々くちぐちにいって、感歎かんたんしました。そして、いつしか、心こころない人々ひとびとまでが財布さいふの口くちを解といて、お金かねをむしろの上うえへ投なげたのであります。
「おばさん、今夜こんやはこんなに、たくさんお金かねが集あつまりましたよ。」と少女しょうじょは、そこに落おちている銅貨どうかや銀貨ぎんかを拾ひろって、女おんなの手てに渡わたしたのでした。すると女おんなは、
「これをみんな私わたしがもらうことはできません。半分はんぶん、お家うちへ持もって帰かえって、お母かあさんになにか買かってください。」といいました。
しかし少女しょうじょは、これには耳みみも傾かたむけずに、
「おばさん、また、わたしは、いいものを持もってきてあげますよ。」といい残のこして、どこへかいってしまいました。
哀あわれな女おんなは、ついに少女しょうじょの住すんでいるところすら知しらなかったのです。それから、幾日いくにちもたって、年としを越こしました。春はるといっても、まだ寒さむく、あたりはさびしかった。
ある夜よ、女おんなは、いつものごとく、橋はしのそばにすわっていました。水みずの音おとが、細ほそく、悲かなしく、闇やみの中なかに消きえています。このとき小ちいさな足音あしおとが、すぐ前まえにしたかと思おもえば、
「おばさん、花はなを持もってきましたのよ。これをかいでごらんなさい、きっと今年ことしは、しあわせなことがありますから。」といって、少女しょうじょは一束ひとたばの花はなを女おんなの手てに渡わたしました。
「まあ、なんの花はなでございますか? 私わたしは、目めが見みえないが、どんなに、美うつくしいことでしょう……。」と、女おんなはいいました。
「おばさんのような、やさしい、いい人ひとが、いつまでも苦くるしむなんていうことは、ありませんもの。」と少女しょうじょはいったのでした。
この少女しょうじょは、青あおい空そらへ、吸すい込こまれてしまったものか、そのまま音おともなく、影かげを消けしてしまった。後あとで、女おんなは、花束はなたばの香かおりをかぎました。それは、春はるはやく咲さく、ヒヤシンスに、フリージアでした。そして彼女かのじょは、花はなの香かをかいでいるうちに、ふと弟おとうとのことを思おもい出だしたのです。弟おとうとは外国がいこくへいって幾年いくねんにもなるが、消息しょうそくが絶たえていました。
「もしかすると、弟おとうとが帰かえってくるのではないかしらん。」と、彼女かのじょは空想くうそうしました。
すると、彼女かのじょの胸むねを悲かなしく、閉とじこめていた氷こおりが解とけるような気きがしました。そして、どこを見みても、まだ冬空ふゆぞらであったが、春はるの風かぜが、町まちや、木立こだちを吹ふくような気きがしました。そして、彼女かのじょの顔かおに当あたる、寒さむい風かぜも、彼女かのじょには、南みなみの海うみを渡わたってくるあたたかな風かぜのように感かんじられたのでした。
哀あわれな女おんなは、見みえぬ目めをみはって、しばらく、うっとりとしました。彼女かのじょは、弟おとうとの帰かえってくる日ひのことを楽たのしく、頭あたまの中なかに描えがいたのでした。

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