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海からきた使い(2)
日期:2022-10-17 11:30  点击:465

 木枯(こが)らしの吹(ふ)く夜(よる)のことです。地(ち)の上(うえ)には、二、三日(にち)前(まえ)に降(ふ)った大雪(おおゆき)がまだ消(き)えずに残(のこ)っていました。空(そら)には、きらきらと星(ほし)が、すごい雲間(くもま)に輝(かがや)いていました。
 ここに憐(あわ)れな年(とし)とった按摩(あんま)がありました。毎晩(まいばん)のように、つえをついて、笛(ふえ)を鳴(な)らしながら、町(まち)の中(なか)を歩(ある)いたのでした。按摩(あんま)は、坂(さか)にかかって、地(ち)が凍(こお)っているものですから、足(あし)をすべらしました。そのはずみに、懐中(ふところ)の財布(さいふ)を落(お)とすと、口(くち)が開(あ)いて、銀貨(ぎんか)や、銅貨(どうか)がみんなあたりにころがってしまったのでした。
「あ、しまった!」と、按摩(あんま)はあわてて両手(りょうて)で地面(じめん)を探(さが)しはじめました。
 指(ゆび)のさきは、寒(さむ)さと、冷(つめ)たさのために痛(いた)んで、石(いし)ころであるか、土(つち)であるか、それとも、銅貨(どうか)であるかさえ判断(はんだん)がつかなかったのでした。通(とお)る人(ひと)たちは、わき見(み)もせずに、みんな寒(さむ)いので家(いえ)の方(ほう)へ急(いそ)いでいました。また、通(とお)りがかりに、この有(あ)り様(さま)を見(み)た人(ひと)の中(なか)には、拾(ひろ)ってやって、相手(あいて)が盲目(めくら)だから、かえって疑(うたが)われるようなことがあってはつまらないと思(おも)ったり、また、中(なか)には、自分(じぶん)で後(あと)からきて銭(ぜに)を拾(ひろ)ってやろうと、よくない考(かんが)えを抱(いだ)いたような小僧(こぞう)などもありました。
 ちょうどこのとき、やさしい少女(しょうじょ)は通(とお)りかかったのです。
「なんという、人間(にんげん)は、浅(あさ)ましい心(こころ)をもっているのでしょうか。天国(てんごく)には、こんな考(かんが)えをもっているようなものや、薄情(はくじょう)なものは一人(ひとり)もないのに!」と思(おも)いました。
「おじいさん、わたしが、拾(ひろ)ってあげます。」と、少女(しょうじょ)はいって、銀貨(ぎんか)や、銅貨(どうか)を拾(ひろ)って、按摩(あんま)の財布(さいふ)の中(なか)にいれてやりました。
 年(とし)とった按摩(あんま)は、たいへんに喜(よろこ)びました。
「今夜(こんや)は、道(みち)が凍(こお)ってすべりますから、出(で)まいかと考(かんが)えましたのを、出(で)たのでこんなめにあいました。まことにありがとうございます。」といって、幾(いく)たびとなく礼(れい)を述(の)べました。
 やさしい少女(しょうじょ)は、按摩(あんま)の手(て)をひいて、家(うち)へつれていってやりました。
 家(うち)では、おばあさんが、こんなに寒(さむ)く、道(みち)がすべるからけがでもなければいいがと心配(しんぱい)していました。そこへ、按摩(あんま)のおじいさんは、少女(しょうじょ)に手(て)をひかれて帰(かえ)ってきました。
 おばあさんは、おじいさんから、今夜(こんや)少女(しょうじょ)に助(たす)けられた話(はなし)をきくと、たいそう感心(かんしん)して厚(あつ)くお礼(れい)を申(もう)しました。二人(ふたり)は、少女(しょうじょ)に、どうか上(あ)がってくれといって、家(うち)へいれて、火(ひ)をたいて暖(あたた)かにして少女(しょうじょ)をいたわりました。
「お嬢(じょう)さんは、この町(まち)の人(ひと)ではないようですが、お家(うち)はどこでいらっしゃいますか。」と、おばあさんはたずねました。
 少女(しょうじょ)は、急(きゅう)に、さびしそうな顔(かお)つきをしました。
「この世界(せかい)には、わたしの家(いえ)というものはないのでございます。わたしは、まったくの独(ひと)りぼっちで、今日(きょう)はこの町(まち)、明日(あす)はあちらの村(むら)というふうに歩(ある)いています……。」と、少女(しょうじょ)は答(こた)えました。
 すると、おばあさんも、おじいさんもあきれた顔(かお)つきをしました。
「まあ、そんなら、お母(かあ)さんも、お父(とう)さんもおありなさらぬのですか?」と、二人(ふたり)はたずねました。
「わたしのお母(かあ)さんも、お父(とう)さんも、ここから遠(とお)い、遠(とお)い、歩(ある)いてはゆかれないところにいらっしゃいます。」と、少女(しょうじょ)は答(こた)えました。
 おばあさんは、うなずきました。
「二人(ふたり)とも、おなくなりなさったので……あなたは、孤児(みなしご)なんですね。」といって、独(ひと)りでそうきめてしまいました。
 盲目(めくら)のおじいさんは、おばあさんのそでをひきました。
「やさしい子(こ)でもあるし、両親(りょうしん)がないというのだから、幸(さいわ)い、家(うち)の子(こ)にしてはどうだな?」と、顔(かお)をおばあさんの方(ほう)に向(む)けて、小(ちい)さな声(こえ)でいいました。
 おばあさんは、じろじろと少女(しょうじょ)のようすを見(み)て、孤児(みなしご)にしては、あまりきれいで、どことなく上品(じょうひん)なので、なんらかふに落(お)ちないように小(こ)くびを傾(かたむ)けていました。
「そう、おまえさんのように、やすやすときめていいものですか……。」と、怒(いか)り声(ごえ)を出(だ)していいました。
「おばあさん、よく考(かんが)えてみるがいい。こんな子供(こども)があったら、どれほど、家(うち)の役(やく)にたつかしれないぜ。」と、按摩(あんま)はいいました。
 おばあさんは、なるほどとうなずきました。そこで、急(きゅう)に、声(こえ)をやさしくして、少女(しょうじょ)に向(む)かって、
「どこのお嬢(じょう)さんですか、知(し)りませんが、いまのお話(はなし)のような身(み)の上(うえ)でしたら、私(わたし)の家(うち)の子(こ)になってくださいませんか。じつは、私(わたし)たちは、二人(ふたり)ぎりでさびしくてしかたがないのですから。」と、おばあさんは頼(たの)みました。
 少女(しょうじょ)は、遠(とお)い、空(そら)のかなたのふるさとを思(おも)い出(だ)しました。いつも、ふるさとのことを思(おも)うと悲(かな)しくなりました。
「わたしは、ここの家(うち)の子(こ)になってしまうことができませんけれど、すこしの間(あいだ)でよければ、おてつだいをしてあげます。」と、少女(しょうじょ)は答(こた)えました。
「そんなら、すこしの間(あいだ)でもいいから、てつだいをしてください。」と、二人(ふたり)は頼(たの)みました。
 やさしい少女(しょうじょ)は、この日(ひ)から、おばあさんやおじいさんのてつだいをしてしんせつに、二人(ふたり)のためにつくしたのです。
 老人夫婦(ろうじんふうふ)は、けっして、心(こころ)の悪(わる)い人(ひと)ではありませんでしたから、少女(しょうじょ)は、つらいことがあっても我慢(がまん)をいたしました。そして、夜(よる)は、按摩(あんま)のおじいさんの手(て)を引(ひ)いて町(まち)へもゆきました。
「おじいさん、寒(さむ)い晩(ばん)ですこと。」と、少女(しょうじょ)は、歩(ある)きながら、おじいさんに向(む)かって話(はな)しました。
「ああ、早(はや)く、春(はる)になって、暖(あたた)かになってくれるといい。」と、おじいさんはいいました。
 木枯(こが)らしが吹(ふ)いていました。そして、星(ほし)の光(ひかり)が、ぴかぴかと、いまにも飛(と)びそうに空(そら)に光(ひか)っていました。少女(しょうじょ)は、じっと、星(ほし)の光(ひかり)をながめて、ふるさとを思(おも)い出(だ)していたのであります。
 春(はる)になりました。海(うみ)の上(うえ)は穏(おだ)やかに、山(やま)には、木々(きぎ)の花(はな)が咲(さ)いて、野原(のはら)には、緑色(みどりいろ)の草(くさ)が芽(め)ぐみました。ある日(ひ)のこと、町(まち)の人々(ひとびと)は、海(うみ)の上(うえ)に、不思議(ふしぎ)な景色(けしき)が見(み)えるとうわさしました。それは、蜃気楼(しんきろう)なのであります。
「おばあさん、海(うみ)の上(うえ)に、不思議(ふしぎ)な景色(けしき)が見(み)えるといいますから、いってみましょう……。」と、少女(しょうじょ)は、おばあさんにいいました。
「ああ、いいお天気(てんき)だから、おまえだけいってみておいでなさい。私(わたし)は年寄(としよ)りだから、歩(ある)くのがたいそうです。」と、おばあさんは答(こた)えました。
 少女(しょうじょ)は、独(ひと)りで、海(うみ)へいってみたのであります。かぎりもなく、海原(うなばら)は、青々(あおあお)としてかすんでいました。太陽(たいよう)の光(ひかり)は、うららかに、波(なみ)の上(うえ)を照(て)らしていました。町(まち)の人々(ひとびと)は、たくさん海辺(うみべ)へ出(で)て沖(おき)の方(ほう)をながめていました。そのうちに、もうろうとして夢(ゆめ)のように、影(かげ)のように、どこの景色(けしき)とも知(し)らない、山(やま)や、野原(のはら)や、紫色(むらさきいろ)の屋根(やね)などが浮(う)かんで見(み)えたのであります。
「ああ、わたしのふるさとの景色(けしき)だこと。」といって、少女(しょうじょ)は飛(と)び上(あ)がりました。天国(てんごく)から、下界(げかい)へきてはや三年(ねん)の月日(つきひ)がたったのであります。その間(あいだ)にいろいろの人間(にんげん)の生活(せいかつ)に触(ふ)れてみました。しかし、いまやふるさとに帰(かえ)るときがきたのであります。
 町(まち)の人々(ひとびと)は、不思議(ふしぎ)な景色(けしき)が見(み)えなくなると、家(いえ)の方(ほう)に帰(かえ)りましたが、少女(しょうじょ)だけは、岩(いわ)の上(うえ)に立(た)って、沖(おき)の方(ほう)をいっしんに望(のぞ)んでいました。そのうちに、一そうの赤(あか)い船(ふね)が、こちらをさしてこいできたのです。少女(しょうじょ)を迎(むか)えにきたのでした。少女(しょうじょ)は、それに乗(の)ると、ふたたび天国(てんごく)をさして去(さ)りました。このやさしい天使(てんし)は、永久(えいきゅう)に、この下界(げかい)に別(わか)れを告(つ)げたのでした。
 天国(てんごく)には、やさしい天使(てんし)のお母(かあ)さんが、我(わ)が子(こ)の帰(かえ)るのを待(ま)っていられました。三年(ねん)の間(あいだ)、下界(げかい)に苦(くる)しんできた子供(こども)に、なんの変(か)わりもなければいいがと心配(しんぱい)していられました。小(ちい)さな天使(てんし)は無事(ぶじ)に、ふたたびなつかしいお母(かあ)さんを見(み)ることができました。お母(かあ)さんは、やはり、心(こころ)の美(うつく)しい、汚(けが)れない我(わ)が子(こ)であるとお知(し)りなさると、ほんとうにお喜(よろこ)びになりました。
 姉(あね)の天使(てんし)も、弟(おとうと)の天使(てんし)も、みんなが下界(げかい)の有(あ)り様(さま)を知(し)ろうと、このやさしい天使(てんし)を取(と)り囲(かこ)んでお話(はなし)を伺(うかが)いました。小(ちい)さなやさしい天使(てんし)は、下界(げかい)で見(み)たことと知(し)ったことを語(かた)りました。そして、正直(しょうじき)な、哀(あわ)れな人(ひと)たちに、幸福(こうふく)を与(あた)えてやりたいと答(こた)えたのであります。

――一九二四・一〇作――

 


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