子供の床屋
日期:2022-11-01 16:55 点击:219
子供の床屋
小川未明
一
町はずれに、
大きなえのきの
木がありました。その
下に、
小さな
床屋がありました。
円顔の
目のくるりとした
男が、
白い
上着を
被て、ただ
一人控えていましたが、めったに
客の
入っているのを
見ませんでした。なんとなく、みすぼらしく、それに
狭苦しい
感じがしたからでしょう。
勇ちゃんも、
年ちゃんも、
学校へゆくときはその
前を
通りました。
「
怖い
顔をした、おじさんだね。」と、
小さい
声で
勇ちゃんがいいました。
「
僕のゆく
床屋はきれいだよ、
鏡が五つもあるよ、ここは、一つしかないね。」と、
年ちゃんが、いいました。
「
僕、こんなとこは、いくら
安くてもやだな。」
「もっと、きれいでなければね。」
「そうさ。」
二人は、
学校から
帰ると、
原っぱでボールを
投げて
遊んでいました。
「いいかい、カーブを
出すよ。」
「オーライ。」
そのうちに、ボールはころがって
往来のそばの
深いみぞの
中に
落ちました。
「
困ったね。」と、
二人が
下を
見ていっているところへ、
「どれ、
拾えないかな。」といって、
顔を
出したのは、
思いがけない
白い
上着を
被た
床屋の
主人でした。
「
待っていな、いま
取ってやるから。」と、
主人は、
自分の
家へ
走っていって
長いさおを
持ってきました。そして、ボールをこちらへ
寄せて
取ってくれました。
「ありがとう。」と、
二人は
心からお
礼をいいました。
主人の
姿が
見えなくなると
「いいおじさんだね。」と、
二人は、
顔を
見合って、にっこりしました。
二
その
後、四、五
日たってからです、
勇ちゃんは
学校へゆくときに、
年ちゃんに
向かって、
「
僕、
昨日、ここの
床屋で
頭を
刈ってもらった。」と、
床屋の
方をふりむきながら、いいました。
「
汚くない?」
「
狭いけれど、
清潔だよ。あのおじさんは、
怖い
顔をしているけれど、やさしいよ。
若いときは、
軍人で、
満洲へいったんだって、いろいろ
戦争の
話をしてきかせたよ。」
「そうかい、
僕も
今度から、ゆこうかしらん。」と、
年ちゃんは、いいました。
二人は、この
床屋へゆくようになってから、おじさんと
仲よしになりました。
晩になると、えのきの
木の
下に、
縁台を
出して、三
人は、
腰をかけて、
涼みながら、おじさんから、
田舎で
釣りにいった
話や、また、
夜川原に
火をたいて、
魚を
寄せて、
網ですくった
話などをききました。
「
火をたくと、
魚が
寄ってくる?」と、
勇ちゃんが、ききました。
「そうです、その
川は、
小さな
川でしたが、なまずの
大きいのがいましたよ。」と、おじさんは、
星空をながめて
語りました。
「
田舎へ、いってみたいな。」と、
年ちゃんが、いいました。
どこかで、ボーンと
花火の
上がる
音がしました。きっと、
徳ちゃんたちが、
原っぱで
上げているのでしょう。けれど、そこへゆくよりか、おじさんの
話のほうがおもしろいのでした。
「
私の
小さい
時分には、この、えのきの
木の
実をたまにして、
竹で
鉄砲を
造ったものです。」と、おじさんは、
夜風に、さらさらと
葉のそよいで
鳴る、えのきの
木を
見上げました。
「あの、
青い
実が、たまになるの?」
「いい
音がしますよ。」
「こんど、
僕にそんなてっぽうを
造っておくれよ。」と、
年ちゃんが
頼みました。
「おじさん、
僕にもね。」と、
勇ちゃんが、いいました。
三
二人は、おじさんに、
竹のてっぽうを
造ってもらうことを
約束しました。
「
田舎は、やぶへゆけば、いくらでも
竹があるが、ここでは、なかなか
竹がありませんね。」と、おじさんは、
考えていました。
きれいな、
大きな
床屋へいって、この
小さな
床屋へこないほかの
子供たちは、なんとなく、この
縁台にきて、
腰をかけて、おじさんから、お
話をきくのを
遠慮していましたが、いつのまにか、みんなおじさんと
親しくなって、この
床屋へくるようになりました。
おじさんが、
子供が
好きだったからです。そして、しまいに、この
床屋は、
子供の
床屋という、あだながつくようになりました。
近所の
子供は、
床屋の
前をいい
遊び
場所にしました。おじさんは、いつも
元気で、
小さい
店先で、
子供たちの
頭を、ジョキジョキ
刈っています。
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