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南方物語(1)
日期:2022-12-03 23:59  点击:303
 

南方物語

小川未明


一

北きたの方ほうの町まちでは、つばめが家いえの中なかに巣すをつくることをいいことにしています。いつのころからともなく、つばめは、町まちの人々ひとびとをおそれなくなりました。このりこうな鳥とりは、どの家いえが、朝早あさはやく起おきて、戸とを開あけるか、またどの家いえには、どんな性質せいしつの人ひとが住すんでいるか、また、この家いえは、規律きりつ正ただしいかどうかということを、よく見みぬいていました。それでなければ、安心あんしんして、家いえの中なかに、巣すはつくれなかったからです。また、大事だいじな自分じぶんたちの子こどもをも育そだてられなかったからです。
つばめのいいと思おもった家いえは、ほんとうにいい家いえであったから、巣すをつくるのは、無理むりもなかったのでしたが、もう一つこれには、町まちの人ひとが、なぜこんなにつばめを愛あいするかという話はなしがあります。
それは、昔むかしのことでした。この海岸かいがんに近ちかい町まちの人々ひとびとは、船ふねに乗のって、沖おきへ出でて漁りょうをしていました。
ある日ひのこと、幾いくそうかの船ふねは、いつものごとく青あおい波間なみまに浮うかんで、漁りょうをしていたのです。すると、天気てんきがにわかにかわって、ひどい暴風ぼうふうとなりました。いままで静しずかであった海原うなばらは、さながら、白しろくにえかえるようになり、風かぜは、吹ふきに吹ふきすさみました。たちまち、幾いくそうかの船ふねは、くつがえってしまった。そして、その中なかの、ただ一そうの船ふねは、遠とおく遠とおく沖おきの方ほうへ吹ふき流ながされてしまったのです。
暴風ぼうふうがやんだときに、この一そうの船ふねは、まったくひろびろとした海うみの上うえに、あてもなく、ただよっていました。どちらが北きたであり、どちらが南みなみであるかさえわからなかった。
この船ふねに乗のっている三人にんのものは、たがいに顔かおを見合みあって、ため息いきをつきました。生せいも、死しも、運命うんめいにまかせるよりほかに、みちがなかったからです。
ふしぎに船ふねは、くつがえりもせず、波なみにゆられて風かぜのまにまに、すでに幾日いくにちとなく海うみの上うえをただよっていました。三人にんは、つねに、こうしたときの用意よういにしまっておいたかつお節ぶしや、こんぶなどをとり出だして、わずかに飢うえをしのいだのでした。
今日きょうは、船ふねに出であわないか、明日あすになったら、どこかの浜はまに着つかないかと、空むなしい望のぞみを抱いだいて、ただ、海うみから上のぼった太陽たいようをながめ、やがて、赤あかく沈しずんでゆく太陽たいようを見送みおくったのです。
「どうかして、すくわれたいものだな。」
ひとたびは、死しを覚悟かくごしたものが、こうして毎日まいにち、おだやかな海うみを見みるうちに、どうかして生いきたいという希望きぼうに燃もえたのでした。
のろわしい風かぜも、いまは、やさしく彼かれらの耳みみにささやき、ほおを吹ふいたのであります。船ふねは、あてもなくただよって、ただ、風かぜがつれていってくれるところへ着つかなければなりませんでした。
海うみの上うえに、うすく霧きりがかかって、一日にちは、むなしく暮くれてゆく時分じぶんでした。あちらに、赤あかい火影ほかげをみとめたのです。
「火ひだ、火ひだ。」
三人にんは、じっと、それをながめました。急きゅうに、元気げんきがわいて、かじを取とって、その方ほうへいっしょうけんめいに船ふねを進すすめるのでした。火ひは、だんだん近ちかくなりました。小ちいさな燈台とうだいのようでした。
「いったい、ここはどこだろう。」
夜よるの空そらをすかして見みると、熱帯植物ねったいしょくぶつがこんもりと立たっていました。そこは、大洋たいようの真まん中なかにあった、小ちいさな島しまであることがわかったのでした。
「なんだか、夢ゆめのようだな。」と、一人ひとりがいいました。
「幽霊島ゆうれいとうでないかしらん。」
「どこでもかまったことはない。なるほど、このあたりは、岩いわが多おおいようだ。沖おきへ出でている船ふねもいるとみえて、あの赤あかい火ひがついているのだろう。」と、もう一人ひとりがいいました。
三人にんは、いつまでもこうしていては、助たすからないと思おもいましたから、命いのちがけの冒険ぼうけんをする気きで、十分ぶん注意ちゅういしながら、岩いわと岩いわの間あいだをこいで、その島しまに上陸じょうりくしました。
屋根やねの低ひくい家いえが、ところどころにありました。葉はの大おおきな植物しょくぶつが、こんもりとして、海うみの方ほうから吹ふいてくる風かぜに、うちわをふるように、はたはたと夜空よぞらに音おとをたてています。そして、どこからともなく、らんの花はなのいい香かおりが流ながれてきました。
三人にんは、知しらない島しまに上あがりました。不安ふあんな心こころをおさえながら、一軒けんの家いえの窓まどに近寄ちかよってのぞいてみますと、髪かみの長なが、美うつくしい目めをした少女しょうじょが、両りょうはだをぬいで、下したを向むいて貝かいをみがいていました。
人種じんしゅこそちがっているけれど、けっしてこの島しまの人ひとは、わるい人ひとたちでないとわかると、三人にんはやっと安心あんしんをして、島しまの中なかをぐるぐると歩あるきはじめたのです。そのうちに、島しまの人ひとたちは、三人にんを見みつけて、めずらしそうに、まわりに集あつまってきました。
もとより言葉ことばは、たがいにわからなかったけれど、手てまねで、やっと三人にんが、遠とおい北きたの方ほうから、暴風ぼうふうのために、幾日いくにちも漂流ひょうりゅうして、この島しまに着ついたことがわかったのでした。
三人にんは、数日間すうじつかんというもの、島しまの人ひとたちに、いろいろともてなされました。その間あいだに、疲つかれたからだを休やすめて、勇気ゆうきをとりもどすことができたので、ふたたび、遠とおい故郷こきょうをさして帰かえることにしました。
島しまの人ひとたちは、三人にんの船ふねをなおして、新あたらしい帆ほを張はってくれたばかりでなく、食物しょくもつや、また、水みずなどの用意よういもしてくれたのです。美うつくしい娘むすめたちは、自分じぶんたちが、貝かいでつくったボタンを二つずつ三人にんに、わけてくれました。そして、無事ぶじに、故郷こきょうへ着つくようにと祈いのってくれました。言葉ことばはわからなかったけれど、人情にんじょうにかわりはありませんでした。島しまの人ひとたちのまごころは、三人にんの胸むねに通つうじて、永久えいきゅうに忘わすれられないものでした。また三人にんの心こころからの感謝かんしゃは、島しまの人ひとたちにとどいて、彼かれらが船ふねに乗のって別わかれるときには、娘むすめたちは、涙なみだを流ながして見送みおくっていたのであります。
 

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