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南方物語(2)
日期:2022-12-03 23:59  点击:305
 

二


北方人ほっぽうじんの目めには、島しまの景色けしきが、いつまでも残のこっていました。また、つばめが、たくさんこの島しまにすんでいたこと、島しまの人ひとたちが、みずから、その島しまをつばめの島しまといっていたことも忘わすれることができませんでした。
こうして、三人にんの乗のった船ふねは、かぎりない、青あおい海うみに吸すいこまれるごとく、あてもなくただよいはじめたのです。島しまの人々ひとびとが、どちらに太陽たいようを見みてゆくときは、どの方向ほうこうへゆくということを教おしえてくれたので、それをただ一つのたよりとしました。
しかし、北きたへ帰かえる旅たびも、無事ぶじではありませんでした。一片ぺんの木この葉はにもひとしい、たよりない船ふねは、ある日ひ、また風かぜのために吹ふき流ながされて、知しらぬ他国たこくの岸きしに着つけられたのでした。そして、その国くにの人ひとたちは、島しまの人々ひとびとのように、しんせつではありませんでした。三人にんは、さっそく金かねに困こまったのでした。身みにつけているもので、売うって金目かねめになるようなものはなにもありません。このとき、一人ひとりは、島しまの娘むすめからもらったボタンに気きがつきました。
「おい、兄弟きょうだい、なんともいえないきれいなボタンだが、これは金かねにならないものだろうか。」
こういうと、二人ふたりは、頭あたまをかしげました。
「そうだな、たいした金かねにもなるまいが、ひとつ見みせてみようか。」といいました。
それから、町まちを歩あるきまわって、いろいろめずらしいものを売うる店みせにはいって、そのボタンを見みせたのです。すると、主人しゅじんらしい男おとこが、その六個このボタンを手てにとって、じっとながめていましたが、
「いくらで売うるか。」といって聞ききました。
三人にんは、自分じぶんたちは、風かぜに流ながされて、こんなに遠とおくきたことを話はなしました。それで、故郷こきょうに帰かえる旅費りょひにでもなればいいということを――心こころのうちでは、そんなになるとは思おもわなかったけれど――いったのでありました。
「いくら、お入いり用ようか知しらないが、精せいいっぱいにいただいて、金貨きんか五つとならお換かえいたします。」と、主人しゅじんはいいました。
彼かれらは、ほんとうに、思おもいもよらぬ金かねになったとよろこびました。それで、ボタンを売うって、自分じぶんたちの故郷こきょうをさして旅立たびだったのであります。それからまた幾日いくにちかのあいだ苦くるしみました。そして、ついに彼かれらは、なつかしい故郷こきょうに帰かえって、兄弟きょうだいや、親おやたちの顔かおを見みることができたのでした。
「あのボタンは、なんだったろう。」
三人にんは、いまから考かんがえると、あれが、普通ふつうの貝かいではなかったような気きがしました。そして、あの島しまのことを思おもうと、まったく、夢ゆめのような、ふしぎな気きがします。美うつくしい娘むすめたちも、しんせつな島しまの人ひとたちも、木立こだちも、あの赤あかい燈台とうだいの火ひも……。
「もう一度ど、あの島しまへいってみたいな。」
三人にんは、顔かおを見みると、そのときのことを語かたりあって、遠とおい南みなみの海うみを空想くうそうしました。そして、春はるになって、つばめが飛とんできたとき、
「あの島しまからきたのだ。つばめの島しまからきたのだ。」といって、このりこうな鳥とりを歓迎かんげいしました。
町まちの人ひとたちは、三人にんから、つばめの島しまの話はなしを聞きいて、そんな、いいところが、この世界せかいのどこかにあるのかと思おもいました。
「つばめは、幸福こうふくを持もってきたのだ。」といって、どこの家いえでも、自分じぶんの家いえのなかに巣すをつくってくれるようにと望のぞんだのです。こうして、いつということなしに、つばめは北方ほっぽうへ飛とんでいけば、人間にんげんは自分じぶんたちを保護ほごしてくれるものでこそあれ、けっして害がいを加くわえるものでないことを知しったのであります。
夏なつのおわりになると、つばめは、北きたから南みなみへと、紫色むらさきいろのつばさをひろげて、帰かえってゆきました。
冬ふゆのない南方なんぽうは、まだ真夏まなつであります。湖みずうみの水みずは、銀ぎんのごとく、日ひの光ひかりを反射はんしゃしていました。片方かたほうは、高たかいがけになって、ちょうど切きり落おとされたように、赤あかい地じはだを静しずかな水みずの面おもてにうつしていました。
そのがけの半腹はんぷくに、円まるいあなをうがって、一家族ひとかぞくのつばめは、巣すをつくりました。そして、子こどもを、あなの中なかに産うみそだてていました。
ある日ひ、親おやつばめは、そのあなの中なかから出でて、湖水こすいの上うえを矢やのようにかけてゆきました。ちょうど、そのとき、あのしげみに、一羽わのかわせみが、しょんぼりとしてたたずんでいたが、頭あたまの上うえを通とおりかかるつばめを見みると、急きゅうに声こえをかけて、呼よび止とめました。
つばめは、何事なにごとかと思おもって、舞まい下おりると、一本ぽんの強つよそうなあしに止とまったのであります。
「どうなさったのですか。」と、快活かいかつに、つばめはたずねました。
「弟おとうとはどうしたのでしょう、まだ帰かえってこないのですが、あなたは、ごらんになりませんでしたか。」と、かわせみは、心配しんぱいそうに聞きいたのであります。
つばめは、いまそのことを思おもい出だしたように、うなずきながら、
「それは、高たかい山やまに、いつも雪ゆきのある北きたの国くにの町まちでした。ある日ひ、私わたしは飛とんでいますと、一軒けんの薬屋くすりやのガラス戸どのはまった店みせさきに、めずらしい鳥とりのはくせいがありました。私わたしは、見みおぼえのあるような気きがしたが、そのときは、急いそいでいましたので、よくそれを見みませんでしたが、あれは、あなたの弟おとうとさんではなかったようです。きっと、そのうちに、帰かえっておいでになりますよ。」と、なぐさめるようにいいました。
かわせみは、うらやましそうに、つばめを見上みあげながら、
「あなたたちは、どこへいっても、人間にんげんにかわいがられて、おしあわせですこと。」と、感嘆かんたんいたしました。
つばめは、それを打うち消けすように、羽はばたきをして、おしゃべりをはじめました。
「北きたの国くにでは、そうでありましても、こちらへきては、なかなか油断ゆだんがなりません。へびが子こどもをねらっていますから。」と答こたえました。
かわせみは、すばしこく水みずの上うえをいったり、きたりしながら、
「こんどの巣すは、なかなか安心あんしんな場所ばしょじゃありませんか。それに、巣すのまわりの木きの枝えだには、毛虫けむしがたくさんついていますから、そんなに遠とおくまでいって餌えさをおさがしなさらなくてもいいかと思おもいます。」
「かわせみさん、そこが、私わたしの用心深ようじんぶかいところなんですよ。だれもすぐあなのまわりに、私わたしたちの好すきな食物しょくもつがあると思おもうでしょう。私わたしが、それを捕とらないのは、巣すのあり場ばをかくすためです。こういう秘密ひみつも、仲なかのいいあなたにだけお教おしえするのですよ。」と、つばめは、さも、じまんそうにいいました。そして、立たち去さったのであります。
あなにいた子こつばめは、母ははつばめの後あとをしたいました。もう、目めはあいていたから、チイ、チイと鳴ないて、あなの入いり口ぐちまではい出でて、お母かあさんの許ゆるしなしに、赤あかいほおを出だして外そとの世界せかいをのぞいたのです。
きらきらとした、美うつくしい水みずが、目めの下したにあふれていました。そして、すぐあなの前まえへ差さし出でた青あおい葉はのついている枝えだに、自分じぶんたちの好すきな、いつも母親ははおやが、どこか遠方えんぽうから持もってきてくれるのと同おなじい毛虫けむしが、うようよとして動うごいているのを見みました。
「これは、どうしたというのだろう? お母かあさんはこれを知しらないのか?」
子こつばめたちは、首くびをのばして、あらそってそれをとろうとしました。そして、つぎの瞬間しゅんかんに、みんな湖水こすいの中なかに落おちておぼれてしまいました。
親おやつばめは、まだそれを知しりませんでした。
りこうで、幸福こうふくな鳥とりとして知しられているつばめらも、南みなみの方ほうに帰かえると、こうした思おもわぬわざわいにかかることもあったのです。
 

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