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春はよみがえる(3)
日期:2022-12-08 07:30  点击:321
 
「あたりが、やっとおちついて、昔むかしのような平和へいわがきたと思おもったら、いつのまにか、人間にんげんの心こころが変かわってしまって、信用しんようどころか、なんだか危険きけんで、油断ゆだんができなくなったよ。」と、画家がかは歎息たんそくしました。
「酒屋さかやさんは、ああいうのを、アプレゲールとか、いうので、いままでの日本人にっぽんじんとちがっているのだと、いっていましたよ。」
「正しょうちゃん、見みていてごらん、その男おとこは、きっとろくなことをしでかさないから。」と、画家がかは予言よげんしました。
それから後のちというもの、正吉しょうきちは、青服あおふくの男おとこが、子供こどもの目めを打うちぬかないか、また、ガラス窓まどを破やぶって人ひとを傷きずつけはしないかと、心配しんぱいしたのでした。
さむい風かぜが吹ふいて冬ふゆが逆ぎゃくもどりしたような日ひでありました。青服あおふくは、屋根やねにとまっているすずめをねらっていたが、パチリ! と、引ひき金がねをひくと、たまが命中めいちゅうして、すずめはもんどり打うって、とよの中なかへころげ込こみました。どこで見みていたか、ふいに黒くろねこが飛とび出だして、すずめをさらって逃にげようとするのを、すばやく青服あおふくは、そのねこをねらって打うちました。ねこは悲鳴ひめいをあげ、屋根やねをつたって、姿すがたを消けしました。たぶんそのあとに、血ちがたれたと思おもいます。これを見みた青服あおふくは、さも心地ここちよげに、
「わっは、は、は。」と、声こえをたてて笑わらいました。
「あのねこは、ペンキ屋やのだよ。」と、見みていた子供こどもたちがいっていると、ペンキ屋やから、顔かおを真まっ赤かにして、若者わかものがとび出だしました。この家いえのせがれのかんしゃく持もちは、このあたりで知しらぬものが、なかったのです。
「どいつだ、うちのねこを打うったのは!」
「やい、てめえか。」と、いきなりせがれは、青服あおふくの手てから空気銃くうきじゅうをもぎとりました。暴力ぼうりょくと暴力ぼうりょくのはたしあいでした。青服あおふくがなにかいいかけるのを聞きかばこそ、台だいじりをさかさに銃じゅうを振ふり上あげて、力ちからいっぱい折おれよとばかり地面じめんにたたきつけました。この一撃げきで、さしも精巧せいこうなドイツ製せいも、銃身じゅうしんがみにくく曲まがってしまいました。
正吉しょうきちはあとで、この事件じけんを聞きいたのであるが、これがため、青服あおふくは家主やぬしに銃じゅうを返かえされなくなったので、弁償べんしょうすることに、話はなしがついたといいました。
ところが、それ以来いらい、青服あおふくには、競輪けいりんも、競馬けいばも、いっこうに運うんがむいてこず、金かねの工面くめんに苦くるしみました。一方ぽう、家主やぬしからは、矢やつぎばやに金かねをさいそくされたのであります。
ついに、青服夫婦あおふくふうふは、この町まちにいたたまらなくなって、ある晩ばん、どこかへ、居所いどころをくらましてしまいました。そして、だれの目めにも、あばずれ女おんなとしか見みえなかった青服あおふくの若わかい女房にょうぼうは、ふだん唇くちびるを紅あかくぬって断髪だんぱつをちぢらしていたが、雲くもがくれする前まえのこと、
「わたしたちみたいな、ばかはないよ。うちのひとが、鉄砲てっぽうを打うつのがうまいからって、いやがるのをむりに打うたし、とった鳥とりはみんな取とり上あげておきながら、鉄砲てっぽうがいたんだから、お金かねで、弁償べんしょうせいと、どこにそんな強欲ごうよくの家主やぬしさんがあろうか。どちらがまちがっているか、みんなに聞きいてもらいたいもんだ。」と、悪口わるぐちを世間せけんへいいふらしました。
これを聞きいて、事情じじょうの知しらぬ人ひとたちは、金持かねもちや、家主やぬしにありそうなことだと、逃にげ出だした青服夫婦あおふくふうふへ、同情どうじょうしたかもしれません。
このような、おのれを弱者じゃくしゃと見みせかけて、世間せけんを偽いつわろうとする、不正直者ふしょうじきものが、このごろだんだん多おおくなったのでした。
正吉しょうきちは、これをにがにがしく思おもいました。ひっきょう恥はじを感かんじなくなった人間にんげんは、自分じぶんというものがなくなったので、どこまで、堕落だらくするものだろうかと考かんがえました。
こうして町まちでは、人々ひとびとが、喜よろこんだり、悲かなしんだり、たがいに争あらそったりするうちに、いつしか春はるめいてきました。大空おおぞらで太陽たいようは、すべてを見みたけれど、干渉かんしょうしようとはしなかったのです。そして永久えいきゅうに、ただ愛あいと恵めぐみとしか知しらない、太陽たいようの光ひかりは、いつも、うららかで、明あかるく、平和へいわで、善ぜんと美びに満みちていました。
ある日ひ、正吉しょうきちが画家がかを訪たずねると、もう、すべてのことを知しっていて、画家がかのほうから、
「あの空気銃くうきじゅうを持もって、鳥とりを打うって歩あるいた男おとこは、どこかへいったという話はなしだね。」と、顔かおに明あかるい表情ひょうじょうをただよわしながら、いいました。
「それに、おじさん、聞ききましたか、ペンキ屋やのせがれが怒おこって、空気銃くうきじゅうを地面じめんへたたきつけてもう打うてなくしてしまったんですよ。」と、正吉しょうきちは、告つげたのです。画家がかは、そのことも、だれかに聞きいたとみえて、知しっていました。
「ああ、それでいいんだよ。そんなものさえなければ、持もつものもないんだからね。」
なるほど、それで、ほんとうにいいのだと、正吉しょうきちは思おもいました。こんどのことで、いちばん損そんをしたのは、高価こうかな銃じゅうをなくし、世間せけんからわるく思おもわれた家主やぬしであろうと、考かんがえたので、画家がかにそう話はなすと、
「いつも、自分じぶんだけ得とくをしようとする、家主やぬしの量見りょうけんがちがっているから、銃じゅうを曲まげられたのは、罰ばちがあたったのだよ。たとえなんと世間せけんからいわれても、平常へいじょうの心こころがけがよくないから、これもしかたがないのだ。なんにしろ、あぶない銃じゅうを打うつやつがいなくなって、やっと安心あんしんしたよ。」と、画家がかは、さも、うれしそうでありました。
「すずめも、これから安心あんしんですね。もうあんな青服あおふくみたいな人間にんげんがこなければ、いいんだがなあ。」と、正吉しょうきちがいうと、
「もうこやしないから、安心あんしんしたまえ。そうわるいやつばかりでないだろう、君きみのようないい少年しょうねんもいるのだから。」と、画家がかは、正吉しょうきちをはげましました。
「ああ、春はるがきた。」といって、二人ふたりは自然しぜんの偉大いだいなる力ちからを信しんぜずに、いられませんでした。
 

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