四
「これか?」といって私は、棚の上から
煤に
塗れた絵具皿を取り
下した。皿の上には埃が溜っている。一息ぷっと吹くと折から窓から射し込んだ冬の日の光線に黄金色の
焔が上った。無数の
小い
塵埃は一つ一つ光って明るい海を泳いでいた。吉太は慌ててその皿を奪うように
握ると
垢染た懐の中に隠してしまった。軒の柱には、黒い鳥が籠の中に入って懸っている。私は、その鳥籠に目をやって、
「黒い鳥だな。」と、いった。
吉太は、はや帰りかけていたが、この時振り向いて、
「
漸々毛が抜け変って赤くなります。」といった。私は、好い加減な
偽をいうのだと思って、別に「
然うか。」とも答えなかった。
籠は極めて粗末なものであったが、中には青い色の
餌猪口と灰色の水猪口とが入れてあった。思うに吉太が鳥と共にくれたのである。私は長くこの籠と餌猪口とを使っていた。当座この黒い鳥が何んとなく私には陰気に見えたのである。頭から、眼付まで、可愛らしいというより、その
中に厭に人を
魅する力があるような気持がした。
けれど、いつも同じい戸口の柱に懸けて置いて見慣れるに従って、いつしかこの鳥は私に親しんだのである。やがて冬は過ぎた。
北国の暗い空も、一皮
剥たように明るくなった。春雨がシトシトと降る時節となった。
海棠の花は
艶ぽく
綻び、八重桜の
蕾も柔かに朱を差す。空には白い綿のような雲が低く、花の村を
接吻するように穏やかに通った。私は、この時、小鳥を庭に持って来て、花の見える所に置いた。又、
雨霽りのした朝は、紅の蕾から
雫の垂れる下枝に懸けてやった。思いなしか、この時分から黒い鳥の胸毛が漸々薄紅になりかかった。
小鳥は籠の中から、この春の
麗かな景色を眺めていた。頭を傾げて、身の自由にならぬを
怨んで梢に来て暗く他の鳥を見て、
羨むように見えた。
この鳥を逃してやろうか知らん。と、幾度思った時があったか知れない。けれど又何となくこの鳥を
失してしまうのが惜かった。逃してしまえば、もう二度と帰って来ない、逃すなら、何時でも逃すことが出来るのだ。今日は逃さずに置こうと思い止った。
或年、祖母が死んだ。その時、親類の者共が寄り集った。その中で婆さん達が、この鳥を逃してやれといった。その時、私は鳥籠の前に立って、
熟々と鳥を見詰て考えた。もうこの鳥が来てから三年になる。何時の間にやら黒い鳥が変って、胸毛は茜色に薄紅くなった。全体に毛の色が赤味を
帯んで来た、ただ昔と変らないのは、頭ばかりである。頭は真黒に艶々しいが、それには見なかった白い毛が二筋三筋交って来た。
「成程、あの時吉太は毛が変るといったが、
真実であった。」と思い出して、吉太が
慌て絵具皿を奪ったことなど考えた。
「吉太は、あの絵具皿を何にするだろう。」
と、その当時に遡って考えた。私は、こう思った。あんな少年は何んでも人の持っているものが欲しくなるものだ。殊に彼の性質からでは、一旦欲しいとなったら、
無上に欲しくなって堪らないのだろう。それともあの紅、紫、青、黄などの絵具が付いていたので、何んか非常に好い物とでも思ったのか知らん……。
この時、がやがや家の中が
騒しくなって、ちょうど祖母の
柩が出る処であった。
泥る田圃道を白い幕の廻された柩が、雨風にひらひらと揺られながら行った。初夏の自然は
悉く
鬱陶しい緑で、
陵は浮き出て、林は無限に暗く拡がっていた。
葬式の
伴から帰ると叔母は、又小鳥を逃してやれといった。仏の為だからといって、鳥籠の傍に立って私の顔をしみじみ見た。私は、大分叔母の頭も白くなった。眼も打ち窪んで来た。顔にも皺が糸の
縺れた如く
寄て来た。この分では
老先も長くあるまい。この人の言うことに
背くのも気の毒だと思って、何の考えもなく、黙って鳥籠の口を開けた。
「おお、早く逃げて行けよ。」と叔母は泣かんばかりに言った。
鳥は
嘴で竹の骨を
啄いたり、撞木で嘴を磨いたりしていたが、小声で何か囀ると、籠の戸口まで出て来て、暫らく外の景色を頭を傾げて見ていたが、また思い止って籠の中に戻ってしまった。叔母が幾度となく、
「逃げて行けよ。」といったが、鳥は二度と籠の戸口から出なかった。
流石にこれを見た叔母は、考えながらこう言った。
「もう翼が利かないのだ。こうなってはやはり籠の中に
置てやった方がいい。」と、
去ってしまった。
人間だってそうじゃないか? 女が嫁に来て束縛されて、皆なこの叔母の如くなってしまう。而してこの時、過去を顧みて格別残念とも何とも思わず、これが
当然だと信じている。……
夕月が出て、ほんのりと鳥籠の上を照した。家の
内では仏壇に
燈明が
点て
鉦の音がし始めた。
五
或日、私は図書館に入って、
鳥禽図解を彼方此方と
検べて見た。私には、黒い鳥の名が判らなかったからだ……西洋の鳥禽図の中に
略々この鳥に似通った鳥があった。名は極めて言い難く、彼方では通称「不思議な鳥」といっていると書いてあった。
尚おその性質を検べて見ると元来が肉食鳥で、鷲や鳶の類に入っていて、獰悪であるけれど人によく
懐くと書いてあった。
……私は肉食鳥でありながら、
麻種をやって今迄育てて来たことを不思議に思った。……
而して、その書には黒い鳥の姿が書いてあった。よく似ていたが別にその毛が変って赤くなるということは書いてなかった。私は、若しや、この鳥でない、自分の飼って居った鳥は他の鳥でないかと思って、
尚お色々と検べて見たけれど、他にそれに似たような鳥がなかった。……
私が国を出る時、車屋の老夫婦が大事にして、可愛がって
飼からというので、その鳥を与えて来たのだ。