森の暗き夜
小川未明
一
女はひとり
室の中に坐って、仕事をしていた。赤い
爛れた眼のようなランプが、切れそうな細い針金に
吊下っている。家の周囲には森林がある。夜は、次第にこの一つ家を襲って来た。
森には、黒い鳥が棲んでいる。よく枯れた木の枝などに止まっているのを見た。また白い毛の小さな
獣物が、藪に走って行くのを見た。枯木というのは、幾年か前に雷が落ちて、枯れた木である。頭が二つの股に裂けて、全く木の皮が剥げ落ちて、日光に白く光っていた。この枯木の周囲には、青い、青い、木立が深く立ち込めていた。しかし、この一本の木が枯れたため、森に一つの
断れ目が出来て、そこから、青い空を覗うことが出来る。
女が、白い獣物を見たのは、円い形をした藪から、飛び出て、次の藪へ移るところであった。そこへ立ち寄ると、平地に倒れた草が、
刎ね返り、起きあがる所であった。鮮かな、
眩しい朝日が、藪の青葉の上にも、平地にも、緑色の草の上にも流れている。
森から出た日は、また森の中に落ちて行く。ちょうど、重い鉄の
丸が、赤く焼け切っているように
奈落へと沈んで行く。壁
一重隔てた、森が沈黙している。怖しい、暗い夜の翼が、すべての色彩を腐らし、
滅して、翼たゆく垂れ下がって、森の
頂きと
接吻したらしい。
女は、やはり下を向いて仕事をしていた。
「今晩は!」……女は、手を止めて頭を上げた。三面は壁である。東の方だけ破れた障子が閉っている。ちょうど、
鑿で、地肌を
剥り取ったように夜の色が露出していた。
女は、また下を向いて仕事に取りかかった。赤い爛れた目のようなランプが、油を吸い上げるので、ジ、ジー、ジ、ジー
呻り出した。