初めて自由を手にしたものの、ハリーは奇き妙みょうな感覚に慣れるまで数日かかった。好きな時に起きて、食べたい物を食べるなんて、こんなことはいままでになかった。しかも、ダイアゴン横よこ丁ちょうから出なければ、どこへでも好きなところに行ける。長い石いし畳だたみの横丁は世界一魅み力りょく的てきな魔法グッズの店がぎっしり並んでいるし、ファッジとの約束を破ってマグルの世界へさまよい出るなど、ハリーは露つゆほども願いはしなかった。
毎朝「漏もれ鍋なべ」で朝食を食べながら、他の泊とまり客を眺ながめるのがハリーは好きだった。一日がかりの買物をするのに田舎いなかから出てきた、小柄こがらでどこか滑こっ稽けいな魔女とか、「変へん身しん現げん代だい」の最近の記事について議論ぎろんを戦わせている、いかにも威厳いげんのある魔法使いとか、猛たけ々だけしい魔法戦士、やかましい小人こびと、それに、ある時は、どうやら鬼おに婆ばばだと思われる人が、分厚ぶあついウールのバラクラバ頭巾ずきんにすっぽり隠れて、生なまの肝かん臓ぞうを注文していた。
朝食のあと、ハリーは裏うら庭にわに出て杖つえを取り出し、ゴミ箱の上の左から三番目のレンガを軽く叩たたき、少し後ろに下がって待つ。すると、壁かべにダイアゴン横丁へのアーチ型がたの入口が広がる。
長い夏の一日を、ハリーはぶらぶら店を覗のぞいて回ったり、カフェ・テラスに並んだ鮮あざやかなパラソルの下で食事をしたりした。カフェで食事をしている客たちは、互いに買物を見せ合ったり(「ご同どう輩はい、これは望ぼう月げつ鏡きょうだ――もうややこしい月図面で悩なやまずにすむぞ、なぁ?」)、シリウス・ブラック事件を議論したり(「わたし個人としては、あいつがアズカバンに連れ戻もどされるまでは、子供たちを独ひとりでは外に出さないね」)していた。もうハリーは、毛布に潜もぐって、懐かい中ちゅう電でん灯とうで宿題をする必要はなかった。フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーのテラスに座り、明るい陽ひの光を浴あび、店主のフローリアン・フォーテスキュー氏にときどき手伝ってもらいながら、宿題を仕し上あげていた。店主は中ちゅう世せいの魔女火あぶりにずいぶん詳くわしいばかりか、三十分ごとにサンデーを振舞ふるまってくれるのだった。