隣となりの部屋から壁越かべごしに怒ど鳴なり声が低く聞こえてきた。なぜか、ハリーはそれほど恐ろしいと感じていなかった。シリウス・ブラックはたった一つの呪のろいで十三人を殺したという。ウィーズリー氏も夫人も、本当のことを知ったらハリーが恐きょう怖ふでうろたえるだろうと思ったに違いない。でも、ウィーズリー夫人の言うことにハリーも同感だった。この地上で一番安全な場所は、ダンブルドアのいるところだ。ダンブルドアはヴォルデモート卿きょうが恐れた唯ゆい一いつの人物だと、みんないつもそう言っていたではないか? シリウス・ブラックがヴォルデモートの右みぎ腕うでなら、当然同じようにダンブルドアを恐れているのではないか?
それに、みんなが取り沙ざ汰たしているアズカバンの看かん守しゅがいる。みんなその看守を死ぬほど怖こわがっている。学校の周まわりにぐるりとこの看守たちが配備はいびされるなら、ブラックが学校内に入り込こむ可か能のう性せいはほとんどないだろう。
いや、ハリーを一番悩なやませたのは、そんなことではない。ホグズミードに行ける見み込こみがいまやゼロになってしまったことだ。ブラックが捕つかまるまでは、ハリーが城という安あん全ぜん地ち帯たいから出ないでほしいと、みんながそう思っている。それだけじゃない。危険きけんが去るまで、みんながハリーのことを監視かんしするだろう。
ハリーは真っ暗な天てん井じょうに向かって顔をしかめた。僕ぼくが自分で自分の面めん倒どうを見られないとでも思っているの? ヴォルデモート卿の手を三度も逃のがれた僕だ。そんなに柔やわじゃないよ……。
マグノリア・クレセント通りのあの獣けものの影が、なぜか、ふっとハリーの心を過よぎった。
「最悪の事態じたいが来ると知ったとき、あなたはどうするか……」
「僕は殺されたりしないぞ」ハリーは声に出して言った。
「その意い気きだよ、坊や」部屋の鏡かがみが眠そうな声を出した。
“我不会被人谋杀的。”哈利大声说。
“人就要有这点精神,亲爱的。”他的镜子睡意朦胧地说。