「動かないで」
さっきと同じしわがれ声でそう言うと、先生はゆっくりと立ち上がり、手のひらの灯あかりを前に突き出した。
先生がドアにたどり着く前に、ドアがゆっくりと開いた。
ルーピン先生が手にした揺ゆらめく炎に照らし出され、入口に立っていたのは、マントを着た、天てん井じょうまでも届きそうな黒い影かげだった。顔はすっぽりと頭巾ずきんで覆おおわれている。ハリーは上から下へとその影に目を走らせた。そして、胃が縮ちぢむようなものを見てしまった。マントから突き出している手。それは灰かい白はく色しょくに冷たく光り、穢けがらわしいかさぶたに覆われ、水中で腐敗ふはいした死骸しがいのような手……。
ほんの一いっ瞬しゅんしか見えなかった。まるでその生き物がハリーの視線しせんに気づいたかのように、その手は黒い覆いの襞ひだの中へ突とつ如じょ引っ込こめられた。
それから頭巾に覆われた得体えたいの知れない何者かが、ガラガラと音を立てながらゆっくりとながーく息を吸い込んだ。まるでその周囲から、空気以外の何かを吸い込もうとしているかのようだった。
ぞーっとするような冷気が全員を襲おそった。ハリーは自分の息が胸の途と中ちゅうでつっかえたような気がした。寒気さむけがハリーの皮ひ膚ふの下深く、潜もぐり込んでいった。ハリーの胸の中へ、そしてハリーの心臓そのものへと……。
ハリーの目玉が引っくり返った。何も見えない。ハリーは冷気に溺おぼれていった。耳の中に、まるで水が流れ込むような音がした。下へ下へと引き込まれていく。唸うなりがだんだん大きくなる……。
すると、どこか遠くから叫さけび声が聞こえた。ぞっとするような怯おびえた叫び、哀あい願がんの叫びだ。誰か知らないその人を、ハリーは助けたかった。腕うでを動かそうとしたが、どうにもならない……。濃こい霧きりがハリーの周まわりに、ハリーの体の中に渦巻うずまいている――。
他说,还是那粗哑的声音。他慢慢地站了起来,满手的火伸在他的前方。
但在他走到车厢门边以前,门慢慢地开了。