村のパブ、「首吊つり男」はその晩、大だい繁はん盛じょうだった。村中が寄り集まり、犯人は誰かの話で持ちきりだった。そこへリドル家の料理人が物々しく登場し、一瞬いっしゅん静まり返ったパブに向かって、フランク・ブライスという人物が逮たい捕ほされたと言い放った。村人にとっては、家の炉ろ端ばたを離れてわざわざパブに来たかいがあったというものだ。
「フランクだって!」何人かが叫さけんだ。
「まさか!」
フランク・ブライスはリドル家の庭にわ番ばんで、屋敷内のボロ小屋に一人で寝ね泊とまりしていた。戦争から引ひき揚あげてきたときには、片脚を引きずり、人ひと混ごみと騒音をひどく嫌うようになっていたが、そのとき以来ずっとリドル家に仕つかえてきた。
村人はわれもわれもと料理人に酒をおごり、もっと詳しい話を聞き出そうとした。
「あの男、どっかへんだと思ってたわ」
シェリー酒を四杯はい引っかけたあと、うずうずしている村人たちに向かって料理人はそう言った。
「愛あい想そなしって言うか。たとえばお茶でもどうって勧すすめたとするじゃない。何百回勧めてもだめさね。つき合わないんだから、絶対」
「でもねえ」カウンターにいた女が言った。「戦争でひどい目に遭あったのよ、フランクは。静かに暮らしたかったんだよ。何にも疑う理由なんか――」
「ほかに誰が勝かっ手て口ぐちの鍵かぎを持ってたっていうのさ?」料理人が噛かみついた。
「あたしが覚えてるかぎり、とうの昔っから、あの庭にわ番ばんの小屋に合あい鍵かぎがぶら下がってたさ! 昨日きのうの晩ばんは誰も戸をこじ開けちゃいないんだ! 窓も壊こわれちゃいない! フランクは、あたしたちみんなが寝てる間に、こっそりお屋や敷しきに忍び込みゃあよかった……」
村人たちは暗い顔で目を見み交かわした。
「あいつはどっか胡う散さん臭くさいと睨にらんでた。そうだとも」カウンターの男が呟つぶやいた。
「戦争がそうさせたんだ。そう思うね」パブのおやじが言った。
「言ったよね。あたしゃあいつの気に障さわることはしたくないって。ねえ、ドット、そう言っただろ?」隅すみっこの女が興こう奮ふんしてそう言った。
「ひどい癇癪かんしゃく持ちなのさ」ドットがしきりに頷うなずきながら言った。「あいつがガキのころ、そうだったわ……」