「リドルの館やかた」の玄げん関かんは、こじ開けられた様子がない。どの窓にもそんな様子はない。フランクは足を引きずりながら屋敷の裏に回り、ほとんどすっぽり蔦つたの陰に隠れている勝かっ手て口ぐちのところまで行くと、古い鍵を引っ張り出して鍵かぎ穴あなに差し込み、音を立てずにドアを開けた。
中はだだっ広い台所だった。もう何年もそこに足を踏ふみ入れてはいなかったのに、しかも真っ暗だったにもかかわらず、フランクは広ひろ間まに向かうドアがどこにあるかを憶おぼえていた。むっとするほどの黴かび臭くささを嗅かぎながら、上階から足音や人声が聞こえないかと耳をそばだて、手探りでドアのほうに向かった。広間まで来ると、正面のドアの両側にある大きな格こう子し窓まどのお陰で少しは明るかった。石造りの床を厚く覆おおった埃ほこりが、足音も杖の音も消してくれるのをありがたく思いながら、フランクは階段を上りはじめた。
階段の踊おどり場で右に曲がると、すぐに侵しん入にゅう者しゃがどこにいるかがわかった。廊ろう下かのいちばん奥のドアが半開きになって隙すき間まから灯あかりがチラチラ漏もれ、黒い床に金色の長い筋を描いていた。フランクは杖をしっかり握り締め、じりじりと近づいていった。ドアから数十センチのところで、細長く切り取られたように部屋の中が見えた。
火は、初めてそこから見えたが、暖だん炉ろの中で燃えていた。意外だった。フランクは立ち止まり、じっと耳を澄すました。男の声が部屋の中から聞こえてきたからだ。おどおどと戦おののいている声だった。
「ご主人様、まだお腹なかがお空すきでしたら、いま少しは瓶びんに残っておりますが」
「あとにする」
別の声が言った。これも男の声だった――が、不自然に甲かん高だかい、しかも氷のような風が吹き抜けたかのように冷たい声だ。なぜかその声は、まばらになったフランクの後頭部の毛を逆さか立だたせた。
「ワームテール、俺おれ様さまをもっと火に近づけるのだ」