「さあ、おやりなさい」トレローニー先生が大きな声を出した。甲高かんだかい、少しヒステリー気味の声だった。「やることはおわかりでございましょ それとも、なにかしら、あたくしがそんなにだめ教師で、みなさまに本の開き方もお教えしなかったのでございますの」
全生徒が唖然あぜんとして先生を見つめ、それから互いに顔を見合わせた。しかし、ハリーは、事ことの次第しだいが読めたと思った。トレローニー先生が熱いきり立って背もたれの高い自分の椅子に戻り、拡大された両目に悔くやし涙を溜ためているのを見て、ハリーはロンのほうに顔を近づけてこっそり言った。「査察ささつの結果を受け取ったんだと思うよ」
「先生」パーバティ・パチルが声をひそめて聞いたパーバティとラベンダーは、これまでトレローニー先生をかなり崇拝すうはいしていた。「先生、何か――あの――どうかなさいましたか」
「どうかしたかですって」トレローニー先生の声は激げき情じょうにわなないていた。「そんなことはございません たしかに、辱はずかしめを受けましたわ……あたくしに対する誹ひ謗ぼう中ちゅう傷しょう……いわれのない非難ひなん……でも、いいえ、どうかしてはいませんことよ。絶対に」
先生は身震みぶるいしながら大きく息を吸い込み、パーバティから眼めを逸そらし、メガネの下からボロボロと悔し涙をこぼした。
「あたくし、何も申しませんわ」先生が声を詰つまらせた。「十六年のあたくしの献けん身しん的てきな仕事のことは……それが、気づかれることなしに過ぎ去ってしまったのですわ……でも、あたくし、辱めを受けるべきではありませんわ……ええ、そうですとも」
「でも、先生、誰が先生を辱めているのですか」パーバティがおずおず尋たずねた。
「体制たいせいでございます」トレローニー先生は、芝居しばいがかった、深い、波打なみうつような声で言った。「そうでございますとも。心眼しんがんで『視みる』あたくしのようには見えない、あたくしが『悟しる』ようには知ることのできない、目の曇った俗人ぞくじんたち……もちろん『予よ見けん者しゃ』はいつの世にも恐れられ、迫害はくがいされてきましたわ……それが――嗚あ呼あ――あたくしたちの運命さだめ」
先生がゴクッと唾つばを飲み込み、濡ぬれた頬ほおにショールの端を押し当てた。そして袖そでの中から、刺し繍しゅうで縁取ふちどりされた小さなハンカチを取り出し洟はなをかんだが、その音の大きいこと、ピーブズがベロベロバと悪態あくたいをつくときの音のようだった。
ロンが冷ひやかし笑いをした。ラベンダーが、最低 という目でロンを見た。
「先生」パーバティが声をかけた。「それは……つまり、アンブリッジ先生と何か――」
「あたくしの前で、あの女のことは口にしないでくださいまし」トレローニー先生はそう叫さけぶと急に立ち上がった。ビーズがジャラジャラ鳴り、メガネがピカリと光った。
「勉強をどうぞお続けあそばせ」
その後トレローニー先生は、メガネの奥からポロリポロリと涙をこぼし、なにやら脅おどし文句のような言葉を呟つぶやきながら、生徒の間をカッカッと歩き回った。
「……むしろ辞やめたほうが……この屈くつ辱じょく……停てい職しょく……どうしてやろう……あの女よくも……」