「……国際魔法使い連盟の初代最高大魔法使いはピエール・ボナコーであるが、リヒテンシュタインの魔法社会は、その任命にんめいに異い議ぎを唱となえた。何な故ぜならば――」
ハリーの周り中で、誰も彼もが、慌あわてて巣穴すあなを掘ほるネズミのような音を立てて、羊よう皮ひ紙しに羽は根ねペンで書きつけていた。頭の後ろに太陽が当たって暑かった。ボナコーは何をしてリヒテンシュタインの魔法使いを怒らせたんだっけ トロールと関係があったような気がするけど……ハリーはまたぼーっとパーバティの髪を見つめた。「開かい心しん術じゅつ」が使えたら、パーバティの後頭部の窓を開いて、ピエール・ボナコーとリヒテンシュタインの不ふ和わの原因になったのはトロールの何だったのかが見られるのに……。
ハリーは目を閉じ、両手に顔を埋うずめた。瞼まぶたの裏うらの赤い火ほ照てりが、暗くひんやりとしてきた。ボナコーはトロール狩がりをやめさせ、トロールに権利を与えようとした……しかし、リヒテンシュタインはとくに狂きょう暴ぼうな山トロールの一族にてこずっていた……それだ。
ハリーは目を開けた。羊よう皮ひ紙しの輝かがやくような白さが目に滲しみて涙が出た。ゆっくりと、ハリーはトロールについて二行書き、そこまでの答えを読み返した。この答えでは情報も少ないし詳くわしくもない。しかし、ハーマイオニーの連れん盟めいに関するノートは何ページも何ページも続いていたはずだ。
ハリーはまた目を閉じた。ノートが見えるように、思い出せるように……連盟の第一回の会合かいごうはフランスで行われた。そうだ。でも、それはもう書いてしまった……。
小こ鬼おには出席しようとしたが、締しめ出された……それも、もう書いた……。
そして、リヒテンシュタインからは誰も出席しようとしなかった……。
考えるんだ。両手で顔を覆おおい、ハリーは自分自身に言い聞かせた。周囲で羽は根ねペンがカリカリと、果てしのない答えを書き続けている。正面の砂時計の砂がサラサラと落ちていく……。
ハリーはまたしても、神しん秘ぴ部ぶの冷たく暗い廊下ろうかを歩いていた。目的に向かうしっかりとした足取りで、時折ときおり走った。こんどこそ目的地に到達とうたつするのだ……いつものように、黒い扉とびらがパッと開いてハリーを入れた。ここは、たくさんの扉がある円形の部屋だ……。
石の床をまっすぐ横切り、二番目の扉を通り……壁かべにも床にも点々と灯あかりが踊おどり、そしてあの奇き妙みょうなコチコチという機械音。しかし、探求している時間はない。急がなければ……。
第三の扉までの最後の数歩は駆かけ足だった。この扉も、他の扉と同じくひとりでにパッと開いた……。
再びハリーは、大だい聖せい堂どうのような広い部屋にいた。棚たなが立ち並び、たくさんのガラスの球が置いてある……心臓がいまや激はげしく鼓動こどうしている……こんどこそ、そこに着く……九十七番に着いたとき、ハリーは左に曲がり、二列の棚たなの間の通路を急いだ……。
しかし、突き当たりの床に人影がある。黒い影が、手負いの獣けもののように蠢うごめいている……ハリーの胃が恐きょう怖ふで縮ちぢんだ……いや興こう奮ふんで……。
ハリーの口から声が出た。甲高かんだかい、冷たい、人間らしい思いやりのかけらもない声……。
「それを取れ。俺様おれさまのために……さあ、持ち上げるのだ……俺様は触ふれることができぬ……しかし、おまえにはできる……」
“为我拿到它……把它拿下来,快……我不能碰它……但是你可以……”