ハリーはそれを振り解ほどき、周りを見た。四し方ほう八はっ方ぽうから五十頭あまりのケンタウルスが現れた。矢を番つがえ、弓を構かまえ、ハリー、ハーマイオニー、アンブリッジを狙ねらっている。三人はじりじりと平地の中央に後退あとずさりした。アンブリッジは恐きょう怖ふでヒーヒーと小さく奇き妙みょうな声を上げている。ハリーは横目でハーマイオニーを見た。にっこりと勝ち誇ほこった笑顔を浮かべている。
「誰だ」声がした。
ハリーは左を見た。包ほう囲い網もうの中から、マゴリアンと呼ばれていた栗毛くりげのケンタウルスが、同じく弓矢を構かまえて歩み出てきた。ハリーの右側で、アンブリッジがまだヒーヒー言いながら、進み出てくるケンタウルスに向かって、わなわな震ふるえる杖つえを向けていた。
「誰だと聞いているのだぞ、人間」マゴリアンが荒々しく言った。
「わたくしはドローレス・アンブリッジ」アンブリッジが恐きょう怖ふで上うわずった声で答えた。「魔法大臣上じょう級きゅう次じ官かん、ホグワーツ校長、並びにホグワーツ高こう等とう尋じん問もん官かんです」
「魔法省の者だと」マゴリアンが聞いた。周囲を囲む多くのケンタウルスが、落ち着かない様子でザワザワと動いた。
「そうです」アンブリッジがますます高い声で言った。「だから、気をつけなさい 魔ま法ほう生せい物ぶつ規き制せい管かん理り部ぶの法令ほうれいにより、おまえたちのような半はん獣じゅうがヒトを攻撃こうげきすれば――」
「我々のことを何と呼んだ」荒々しい風貌ふうぼうの黒毛のケンタウルスが叫さけんだ。ハリーにはそれがベインだとわかった。三人の周りで憤いきどおりの声が広がり、弓の弦つるがキリキリと絞しぼられた。
「この人たちをそんなふうに呼ばないで」ハーマイオニーが憤慨ふんがいしたが、アンブリッジには聞こえていないようだった。マゴリアンに震える杖を向けたまま、アンブリッジはしゃべり続けた。「法令第十五号『』にはっきり規定きていされているように、『ヒトに近い知能を持つと推定すいていされ、それ故ゆえその行為こういに責任が伴ともなうと思し料りょうされる魔法生物による攻撃は――』」
「ヒトに近い知能」マゴリアンが繰くり返した。ベインや他の数頭が激怒げきどして唸うなり、蹄ひづめで地を掻かいていた。「人間 我々はそれが非常な屈くつ辱じょくだと考える 我々の知能は、ありがたいことに、おまえたちのそれをはるかに凌駕りょうがしている」
「我々の森で、何をしている」険けわしい顔つきの灰色のケンタウルスが轟とどろくような声で聞いた。ハリーとハーマイオニーがこの前に森に来たとき見た顔だ。「どうしてここにいるのだ」
「おまえたちの森」アンブリッジは恐怖のせいばかりではなく、こんどはどうやら憤慨して震えていた。「いいですか。魔法省がおまえたちに、ある一定の区画くかくに棲すむことを許しているからこそ、ここに棲めるのです――」
一本の矢がアンブリッジの頭すれすれに飛んできて、くすんだ茶色の髪かみの毛に当たって抜けた。アンブリッジは耳を劈つんざく悲鳴ひめいを上げ、両手でぱっと頭を覆おおった。数頭のケンタウルスが吠ほえるように声援せいえんし、他の何頭かは轟々ごうごうと笑った。薄明うすあかりの平地にこだまする、嘶いななくような荒々しい笑い声と、地を掻く蹄の動きが、いやが上にも不安感を掻き立てた。