このときをケンタウルスは待っていた。――グロウプの広げた指が、ハリーからあと二、三十センチというところで、巨人めがけて五十本の矢が空くうを切った。矢は巨大な顔に浴あびせかかり、巨人は痛みと怒りで吼え哮たけりながら身を起こした。巨大な両手で顔を擦こすると、矢柄やがらは折れたが、矢尻やじりはかえって深々と突つき刺ささった。
グロウプは叫さけび、巨大な足を踏ふみ鳴らし、ケンタウルスはその足を避よけて散ちり散ぢりになった。小石ほどもあるグロウプの血の雨を浴びながら、ハリーはハーマイオニーを助け起こした。木の陰かげに隠れようと全速力で走り、木陰こかげに入るなり、二人は振り返った。グロウプは顔から血を流しながら、やみくもにケンタウルスにつかみかかっていた。ケンタウルスはてんでんばらばらになって退たい却きゃくし、平地の向こう側の木立こだちへと疾駆しっくしていた。ハリーとハーマイオニーは、グロウプがまたしても怒りに吼ほえ、両りょう脇わきの木々を叩たたき折りながら、ケンタウルスを追って森に飛び込んで行くのを見ていた。
「ああ、もう」ハーマイオニーは激はげしい震ふるえで膝ひざが抜けてしまっていた。「ああ、恐こわかった。それにグロウプは皆殺しにしてしまうかも」
「そんなこと気にしないな。正直言って」ハリーが苦々にがにがしく言った。
ケンタウルスの駆かける音、巨人がやみくもに追う音が、だんだん微かすかになってきた。その音を聞いているうちに、傷きず痕あとがまたしても激しく疼うずいた。恐きょう怖ふの波がハリーを襲おそった。
あまりにも時間をむだにしてしまった――あの光景こうけいを見たときより、シリウスを救い出すことが一層いっそう難しくなっていた。ハリーは不幸にも杖つえを失ってしまったばかりか、禁じられた森のど真ん中で、いっさいの移動の手段もないまま立ち往おう生じょうしてしまったのだ。
「名案だったね」ハーマイオニーに向かって、ハリーは吐はき捨すてるように言った。せめて怒りの捌はけ口が必要だった。「まったく名案だったよ。これからどうするんだ」
「お城に帰らなくちゃ」ハーマイオニーが消え入るように言った。
「そのころには、シリウスはきっと死んでるよ」ハリーは癇かん癪しゃくを起こして、近くの木を蹴け飛とばした。頭上でキャッキャッと甲高かんだかい声が上がった。見上げると、怒ったボウトラックルが一匹、ハリーに向かって小枝のような長い指を曲げ伸ばしして威嚇いかくしていた。
「でも、杖がなくては、私たち何もできないわ」ハーマイオニーはしょんぼりそう言いながら、力なく立ち上がった。「いずれにしても、ハリー、ロンドンまでずーっと、いったいどうやって行くつもりだったの」
「うん、僕たちもそのことを考えてたんだ」ハーマイオニーの背後で聞き馴なれた声がした。