ハリーはこんども真正面の扉に向かい、杖つえを構かまえたままで扉を押し開けた。みんながすぐあとに続いた。
今回の部屋は前のより広く、薄暗うすぐらい照しょう明めいの長方形の部屋だった。中央が窪くぼんで、六、七メートルの深さの大きな石坑せきこうになっている。穴の中心に向かって急な石段が刻きざまれ、ハリーたちが立っているのはその一番上の段だった。部屋をぐるりと囲む階段が、石のベンチのように見える。円えん形けい劇げき場じょうか、ハリーが裁判を受けた最さい高こう裁さいのウィゼンガモット法廷ほうていのような造つくりだ。ただし、中央には、鎖くさりのついた椅子ではなく石の台座だいざが置かれ、その上に石のアーチが立っていた。アーチは相当古く、ひびが入りボロボロで、まだ立っていることだけでもハリーにとっては驚おどろきだった。周りに支える壁もなく、アーチには、すり切れたカーテンかベールのような黒い物が掛かかっていた。周囲の冷たい空気は完全に静止しているのに、その黒い物は、たったいま誰かが触ふれたように微かすかに波打っている。
「誰かいるのか」ハリーは一段下のベンチに飛び降おりながら声をかけた。答える声はなかったが、ベールは相変わらずはためき、揺ゆれていた。
「用心して」ハーマイオニーが囁ささやいた。
ハリーは一段また一段と急いで石のベンチを下り、窪んだ石坑の底に着いた。台座にゆっくりと近づいていくハリーの足音が大きく響ひびいた。尖とがったアーチは、いま立っている所から見るほうが、上から見下ろしていたときよりずっと高く見えた。ベールは、いましがた誰かがそこを通ったかのように、まだゆっくりと揺れていた。
「シリウス」ハリーはまた声をかけたが、さっきより近くからなので、低い声で呼んだ。
アーチの裏側うらがわのベールの陰かげに誰かが立っているような、奇き妙みょうな感じがした。杖をしっかりつかみ、ハリーは台座をじりじりと回り込んだ。しかし、裏側には誰もいない。すり切れた黒いベールの裏側が見えるだけだった。