間違いなく、終った。ヴォルデモートは逃げを決めたのに違いない。ハリーはガードしている立像りつぞうの陰かげから走り出ようとした。しかし、ダンブルドアの声が響ひびいた。
「ハリー、動くでない」
ダンブルドアの声が、初めて恐きょう怖ふを帯びていた。ハリーにはなぜかわからなかった。ホールはがらんとしていた。ハリーとダンブルドア、魔女の像に押さえつけられたままで啜すすり泣くベラトリックス、そして床の上で微かすかに鳴き声を上げる生まれたばかりの不ふ死し鳥ちょうフォークスしかいない――。
すると突然、傷きず痕あとがパックリ割れた。ハリーは自分が死んだと思った。想像を絶ぜっする痛み、耐たえ難がたい激痛げきつう――。
ハリーはホールにいなかった。真まっ赤かな目をした生き物のとぐろに巻き込まれていた。あまりにきつく締しめつけられ、どこまでが自分の体で、どこからが生き物の体かわからなかった。二つの体はくっつき、痛みによって縛しばりつけられていた。逃のがれようがない――。
そして、その生き物が口をきいた。ハリーの口を通してしゃべった。苦痛くつうの中で、ハリーは自分の顎あごが動くのを感じた……。
「俺様おれさまを殺せ、いますぐ、ダンブルドア……」
目も見えず、瀕死ひんしの状じょう態たいで、体のあらゆる部分が解放かいほうを求めて叫さけびながら、ハリーは、またしてもその生き物がハリーを使っているのを感じた……。
「死が何物でもないなら、ダンブルドア、この子を殺せ……」
痛みを止めてくれ、ハリーは思った……僕たちを殺してくれ……終らせてくれ、ダンブルドア……この苦痛くつうに比べれば、死などなんでもない……。
そうすれば、僕はまたシリウスに会える……。
ハリーの心に熱い感情が溢あふれた。するとそのとき、生き物のとぐろが緩ゆるみ、痛みが去った。ハリーはうつ伏ぶせに床に倒れていた。メガネがどこかにいってしまい、ハリーは木の床ではなく氷の上に横たわっているかのように震ふるえていた……。
ホール中に人声が響ひびいている。そんなにたくさんいるはずはないのに……。ハリーは目を開けた。自分をガードしていた首なしの立像りつぞうの踵かかとのそばに、メガネが落ちているのが見えた。立像は、しかしいまは仰向あおむけに倒れ、割れて動かなかった。ハリーはメガネを掛かけ、少し頭を上げた。ダンブルドアの折れ曲がった鼻がすぐそばにあるのが見えた。
「ハリー、大だい丈じょう夫ぶか」
「はい」震えが激はげしく、ハリーはまともに頭を上げていられなかった。「ええ、大丈だいじょ――どこに、ヴォルデモートは、どこに――誰 こんなに人が――いったい――」